妹の身代わりで嫁いだ姫は、ヤンデレなはずの皇王にとろ甘に溺愛される(旧 ヤンデレ皇王のつがいはデレ改革をお望みです ~加虐系ヤンデレはデレデレにデレチェンジ~)

 シルディアは目立つ髪を結い上げ、ローブの中に隠した。白髪の女性など皇国では珍しくとても目立ってしまう。
 ローブの下は質のそこそこいい良いワンピースだ。ローブの隙間から見えたとしても、貴族のお忍びにしか見えないような物で揃えた。
 誰にも気が付かれることなくシルディアは裏門に辿り着いた。
 そこに立っていたのは、赤い髪の男だ。
 オデルがシルディアの約束を反故するはずがない。しかし、裏門には目の前の男以外に人はいなかった。
 シルディアは恐る恐る声をかける。

「オデル……? お待たせ。待ったでしょう?」
「大丈夫だ」

 裏門に佇む男に声をかければ、オデルの声が返ってきた。
 シルディアはオデルだったことにホッと胸を撫で下ろした。

「その髪、どうしたの?」
「これか? 魔法で髪色を変えている」
「それなら最初から言って欲しかったわ」
「シルディアなら髪色が変わっても俺だと分かるだろ?」
「過大評価だわ」

 今のオデルは皇族の象徴である漆黒の髪を隠している。そのため、一目見ただけではオデルだと分からないだろう。
 その上、非番の騎士のような服装をしているため余計に皇王だとは誰も思わないはずだ。

「誰にも邪魔されたくないからな」
「漆黒は目立つものね」
「だろ? だから城下に行く時はこういう小細工が必要なんだ」
「なるほど。でもちょっと残念」
「何がだ?」
「オデルの黒髪、すごく綺麗だから……きゃっ!?」

 いきなり抱きすくめられ、シルディアは身を固くした。
 しかしオデルはお構いなしにぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

「なんでそんなに可愛いこと言うんだ。このまま連れ帰ってしまいたくなる」

 優しい眼差しをオデルから向けられ、シルディアの胸がどきりと高鳴った。
 それを紛らわすようにシルディアは早口で言葉を紡ぐ。

「市場調査に行かないと駄目なんでしょ? 早く行かないと……お店が閉まってしまうわ」
「俺はシルディアとこうしていてもいいんだけどな」
「城下は初めてだから、これでも楽しみにしてたのよ?」
「そうか。……なら、行こうか」

 離れた体温を名残惜しく思っていると、シルディアの目の前にオデルの手が差し出される。
 シルディアはおずおずとその手を取った。
 嬉しそうなオデルの大きな手に握り返され、治まりかけていた胸の高鳴りがまた騒ぎ出す。
 せめてオデルに心臓の音が聞こえないようにと願いながら、シルディアは彼と共に裏門を後にした。
 馬車での移動になるかと思っていたが、そんなことはなく、シルディアとオデルは徒歩で城下町を進む。
 活気のある市場へ足を向ければ、他国の名産品や装飾品が輝いていた。
 宝石を並べていても窃盗が起きないのは治安のいい証拠だろう。
 市場を通る人々にも笑顔が絶えず、生活には困っていないことが伺える。

(平民が市場で装飾品を買う姿を見られるなんて……。ガルズアースは貴族だけでなく平民も潤っているのね)

 値札をそれとなく確認してみるものの、自分の財布を持ったこともなければ、身に着ける物の値段を聞いたことのないシルディアには、記されている値段が適正なのかも分からない。

(せっかく市場調査に来たのになんの役にも立ちそうにないわ。あら……?)

 鼻をくすぐる懐かしい匂いに、シルディアは思わず足を止めた。
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