スイート×トキシック

「ごめん、冗談だよ」

 十和くんはわたしの顔を覗き込むようにして言った。

「本当はさ、ただ芽依を信じてるから平気だっただけ。前にも言ったでしょ?」

 “俺は芽依のこと信じてたよ”。

 以前わたしが裏切ったとき、確かにそう言っていた。
 一時も揺らぐことなく信頼してくれている。

「……じゃあやっぱり、わたしには無理だって分かってて試したんだ」

「あはは、ごめんね。芽依があんまり可愛いからついつい意地悪したくなんの」

 もう、と怒ったけれど、内心ほっとしてもいた。

 十和くんにはやっぱりわたしが必要なんだ。
 それと同じくらい、わたしにも十和くんが必要だ。

 離れたくない。離れられない。
 彼だけがわたしの存在意義だから。

 この生活は、傍から見れば奇妙で異常なものかもしれない。

 でも、わたしにとってはこれがすべてだ。
 これしかないんだ。

(もし、バレたら。捕まったりなんかしたら……)

 その“すべて”を否定されることになる。

 彼がいなくなってしまったら、わたしは生きていけない。



*



 ばたん、とドアが閉まる。
 家の中、十和くんのにおい……何だか凄くほっとする。

 リビングにあるソファーにふたり並んで腰を下ろした。
 手錠は外さないまま。手を繋いだまま。

 十和くんはがさがさとビニール袋を漁り、買ってきたものをテーブルの上に並べる。

 クリームケーキを引き寄せたものの、困ってしまった。片手じゃどうにも出来ない。

「これ開けてー」

「ふふ。じゃあ芽依、押さえててね」

 プラスチックの容器の底を左手で押さえると、蓋を開けてくれた。
 ふわっといちごの甘い香りが漂う。

 フォークに手を伸ばそうとしたとき、ぎゅ、と右手がいっそう強く握られる。

「?」

「これじゃ食べられないでしょ」

 包装を破ってフォークを取り出した彼は、ケーキをひとくち分切り分けた。

「はい、あー……」

 促されて口を開ければ、なめらかなクリームと軽いスポンジが舌に載る。
 まろやかで甘酸っぱいいちごの風味が広がった。

「美味しい、これ」

「でしょー。何でか分かる?」

「えっ。何で、って?」

「俺が食べさせてあげてるからだよ」

 くす、と笑ってしまう。

「どうりで甘いと思った」

「ほんと? じゃあ俺にも食べさせてよ」

 嬉しそうに笑う彼からフォークを受け取ると、わたしもひとくち分のケーキを切り分ける。

 利き手ではない左手でフォークを動かすことに慣れていないせいか、あるいはどこか緊張しているせいか、少しぎこちなくなってしまった。

 ぱく、と彼がそれを口にする。
 ほどけるように笑う。

「んん、確かに甘い」

 その一連の動作を、クリームを拭う指先を、睫毛の落とす影を、思わず目で追った。
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