スイート×トキシック

「それとも、芽依ちゃんはこういうの好き?」

「……ふざけないでよ。最悪」

 濡れた唇を手の甲で拭う。
 腹が立つのに、泣きそうになってしまう。

「ふふ、強がっちゃってかわいいなぁ。拒むからそうなるんだよ。思い知った?」

「…………」

「じゃあ、今度こそ行ってくるから。またあとでね」

 ひらひらと手を振って出ていった彼の足音が遠ざかり、やがて玄関ドアの音がした。

 ぎゅう、と強く握り締めた両手に、また涙が落ちて弾ける。
 彼の甘さは毒で、ここは地獄でしかない。



     ◇



「……か。大丈夫か、日下。しっかりしろ」

 わずかに揺られて、うっすらと目を開ける。
 焦点が定まると、そこにいたのは信じがたいことに先生だった。

「せ、先生……!?」

「立てるか? 早く逃げないと」

 驚いて勢いよく起き上がったわたしの手を引っ張ってくれる。
 足首の拘束は既に切ってくれたみたいだ。

「どうして……。何でここが?」

「日下のスマホのGPS。警察が居場所を割り出して特定してくれたんだ」

 それなら、朝倉くんももう身柄を拘束されているのかもしれない。

(よかった……。わたし、助かったんだ)

 ほっとしたら一気に力が抜けた。
 ふらりとたたらを踏んだわたしを、とっさに先生が支えてくれる。

「大丈夫か?」

 その優しい声に頷きながら、滲んだ涙を拭った。

「でも、どうして先生が?」

「心配だからに決まってるだろ。とにかく、無事でよかった」

 先生がそう言ってくれた瞬間、戸枠のところから人影が駆け込んできた。
 慌てた様子の朝倉くんだ。

「芽依ちゃん……」

 まだ、捕まっていなかったんだ。
 息をのんだわたしを庇うように、先生が前に立ってくれる。

「朝倉。ばかな真似はやめて自首しろ」

「やだ」

 即答した朝倉くんは、背に隠し持っていた包丁を構えた。
 迷いのない足取りで先生に歩み寄って、躊躇(ちゅうちょ)なく刃を突き立てる。

「……っ」

「うそ……」

 目の前で先生が崩れ落ち、愕然としてしまう。
 朝倉くんはゆったりとわたしに微笑みかけた。

「邪魔者には消えてもらわないとね。これでまた、芽依ちゃんとふたりきりの世界だ」

 血の気が引いて呼吸が震えた。
 彼を、目の前の光景を、拒むように力なく首を横に振る。

「いや……!」

 上げた悲鳴は掠れて喉がひりついた。
 その拍子にはっと目を覚ます────。

 わたしはひとり、独房のような例の部屋に横たわっていた。

(夢……?)
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