スイート×トキシック
*



 この部屋の電気が消えたのは初めてのことだった。

 すっかり慣れたはずの監禁部屋が、それだけで新鮮に思える。

 それぞれお風呂から上がると、ふたりでわたしの布団に入っていた。
 さすがにもう、手錠は外した。

(どうしても不安だって言うから一緒に寝ることになったけど……)

 鼓動の音、衣擦(きぬず)れの音、息遣い……。
 一段と彼を近くに感じる。



 暗いのに目が慣れてきて、輪郭(りんかく)以上を捉えられるようになってきた。

 向かい合って横になったまま、十和くんは目を閉じている。

「…………」

 その整った顔をじっと見つめた。

(睫毛長いなぁ。鼻筋も綺麗。唇も……)

 (はば)むものは何もなくて、簡単に触れられる。
 無防備って罪だと思う。

「!」

 彼が不意に、ゆっくりと目を開ける。

「……何見てるの?」

 いつもより落ち着いた声色から、すっかり心安らいでいるのが伝わってきた。

 困惑したようにわたしを傷つけ、狼狽(うろた)えていた様子が戻ってくる気配はない。

 わたしの言葉が届いたんだ。
 ……わたしの隣、安心出来るのかな。

「寝てるかと思った」

「はは、さすがに早すぎ。まだ横になったばっかだよ」

 彼の声が、存在が、何だか無性に心地いい。
 (つの)っていく想いに胸が焦がれていく。

(ずっと、この時間が続けばいいのに)

 いつか彼が唱えていた儚い願望は、わたしの唯一の願いになった。

(十和くんを好きになるはずなんてないと思ってたんだけどな……)



「……芽依、可愛い」

 まっすぐ見つめていると、十和くんがいつものように甘く微笑んだ。
 そのままこちらに手が伸びてくる。

 頭を撫でられるか、頬に触れられるか、そんなことを想像しながらただ委ねていた。
 ────けれど。

「…………」

「……?」

 十和くんの手はわたしに届く前にぴたりと止まった。
 思わず不思議がると、彼の双眸(そうぼう)が戸惑うように揺れているのに気が付いた。

「十和くん?」
< 122 / 187 >

この作品をシェア

pagetop