スイート×トキシック

 引っ込めた手をそのまま自身の胸に当て、逃げるように寝返りをうった。

(急にどうしたんだろ……)

 何も言わずに背を向けられ、ただただ困惑してしまう。
 そんな態度をとられては、わたしの方が不安になってくる。

(わたし、何かした? 怒らせた?)

 少し怖くなってきて、推し量るように距離を詰めた。
 そっと背中に触れてみる。

「……!」

 指先の感触から、彼がわずかに身を強張らせたのが分かった。

「芽依……」

 聞こえてきたのは、予想に反して惑うように不安定な弱々しい声だった。

 つい、もう少し近づく。
 今度は手ではなく耳を添えて押し当てた。

 どく、どく、と速い心音が直接伝わってくる。

「ちょ────」

 焦った彼が動くのを押し(とど)めるべく、片方の腕を回した。

「……ふふ」

 十和くんの鼓動はわたしと同じかそれ以上に激しくて、それが分かると嬉しくなった。

「離してよ……」

「やだ、十和くんだって離してくれなかったじゃん」

「うわ、意地悪……」

 すっかり余裕を失った彼が困り果てたように嘆く。
 何だか愛らしくて笑ってしまう。

(だって、ずるいよ。わたしばっかりどきどきさせられて)

 そう思ったけれど、案外そんなことはなかったのかもしれない。
 彼の速い鼓動を聞いて思った。

「ごめんごめん。じゃあこっち向いてよ」

 そう言って腕を下ろすと、十和くんは少しの間黙り込んだ。

「……あー、もう……」

 深々と息をつき、観念したように身体をこちらへ向ける。

「これで満足?」

 むす、と()ねたような表情を浮かべる顔が紅潮(こうちょう)しているのだろうことは、暗くても容易に分かる。

 カーテンの隙間からこぼれる月明かりを受け、潤んだような瞳がかすかに光っていた。

 知らず知らずのうちに頬が緩んでいく。
 想いが深まっていく。



「ねぇ、いつもみたいに触れないの?」

 さっき、そうしようとしていたはずだ。
 頭を撫でてくれたり、頬を包み込んでくれたり、手を握ってくれたり……。

 そうやって彼の手から伝わるあたたかい温もりは、わたしに安心感をくれる。

 くす、と十和くんは笑った。

「どこに触れて欲しいの?」

 余裕を取り戻したのか、からかうような言い方だ。

「もう……」

 結局いつもこうなる。
 彼には敵わない。

「ごめんね、冗談だよ」

 むっとしたわたしを(なだ)めるように言い、優しく頭を撫でられる。
 いつもの温もり。甘い体温。

「手、貸して」

 言われるがままにそうすると、指を絡めるようにぎゅっと握られた。

「今日はこのまま寝よう」

「え……っ」

「だめ?」

 不安気に聞かれ、慌てて首を横に振る。

「駄目じゃないよ! わたしもそうしたい」

「……よかった」

 掌からお互いの温度が溶けて混ざり合う。

 心まであたたかくなって、先行きやあらゆることへの不安がほどけていく。

「おやすみ」

「おやすみ、十和くん」

 こんなに穏やかな気持ちで眠りにつくのは初めてだ。
 満ち足りて、幸せに包まれる。噛み締める。

 ぎゅ、といっそう強く彼の手を握った。

(明日もこうしていたいな)
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