スイート×トキシック

 これからも俺は颯真のために、彼への愛に生きるのだ。
 彼がいなかったら、いまの自分はきっとないのだから。

 それなのに、ふとしたときに芽依の存在が心の隙間に割り込んできて、そのたび俺は前へ進めなくなる。

『わたし、十和くんに攫われてよかった』

『────嬉しい』

 記憶の中で彼女が笑う。

 (あざむ)いて、苦しめて、殺したのに。
 俺のことが憎くないの……?

(ほんっと、ばか)

 頭が痛い。心が痛い。
 まともに息も吸えないほど。

 慣れたはずなのに、どうしていまさらこんなに動揺しているんだろう。



 ────ばたん、と玄関のドアを閉めて鍵をかける。

 力が抜けて取り落としたコンビニの袋を放ったまま、ふらりと洋室へ向かった。
 クローゼットを開けると、服が整然(せいぜん)と並んでいる。

 (すが)るように、カーディガンを掴んで握り締めた。

『わたしはどこにも行かないよ。十和くんのそばにいるって約束した』

 本当だったのかな。
 俺がそれを信じていたら、何かが変わっていた?

『ぜんぶ分かってるのに、どうしようもないくらい好き』

 受け入れてくれたのは芽依だけだった。
 俺という人間も、人殺しだって事実も、殺意も。

 本当の意味で芽依に心を開いていたなら。
 俺も、自分の“変化”を受け入れることができていたなら。

 過去の罪が消えるわけじゃないけれど、何もかもを終わらせられていたのだろうか。

「芽依……」

 ────本当に、これでよかったのかな。

「ずるいね。……もういないのに」

 もういないのに、惑わしてくるきみも。
 もういないのに、いまさら求めてる俺も。

 後悔しても遅い。
 残ったのは、痛みと思い出と空虚(くうきょ)な日々だけ。

 後戻りなんてできない。

 俺はこんなことを繰り返しながら、“愛”のために生きていくしかないのだろう。



 監禁部屋のドアを開けると、怯えた眼差しが俺を捉えた。

「おはよう」

 また、甘ったるくて退屈な日々を始める。

 俺の愛が本物だと証明するために。
 後悔や彼女が見せてくれた可能性を忘れ去るために。

 ────俺は、間違ってない。



【完】
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