スイート×トキシック
震える手を見下ろした。
包丁を突き刺した瞬間が忘れられない。
頭から離れない。
思い出すと、未だに苦しくなる。
(こんなのも、初めてだよ……)
颯真に近づく“邪魔者”を消すのは、俺の使命だと思っていた。
彼のためなら何でもできる。
罪を犯すのは、彼への愛情を確かめるための行為でもあった。
どんな悪いことでも、人殺しでさえも、平然とやってこられた。
それは颯真への愛があってこそ。
後悔はないし、繰り返すたびに安心した。
颯真のためにここまでできる、ああ、俺はちゃんと彼を愛しているんだ────そんなふうに。
殺してしまえば、もう相手を思い出すことなんてほとんどなかった。
「なのにさ、何で……」
ぎゅう、と手に残る感触を必死で握り潰すとかぶりを振った。
(……こんなの恋なわけないじゃん。ばかなの、俺?)
もしそうだったら、颯真への愛が偽物だったと、生半可な覚悟しかなかったと認めることになってしまう気がする。
これまでにやってきたことすべてを否定することになる。
無意味なものにしてしまう。
芽依は颯真を困らせた元凶。
颯真に近づいた“邪魔者”。
俺が許すはずない。
ましてや好きになるわけもない。
◇
あれからもう、ひと月近く経った。
“新しい生活”が始まろうとしている。
俺はコンビニに寄って、サンドイッチと水を手に取った。
そのとき、ふいにちらついた記憶に嫌気がさす。
どこにいても、何をしていても、未だに芽依との思い出が俺の足を止める。
『ちょっとだけ、一緒に外出ない?』
そんなふうに連れ出して、コンビニへ行ったりなんかして。
普段の俺なら考えられない行動だ。
どうかしていたかもしれないけれど、後悔はしていない。
『俺もきみも逃げられない。それとも、このまま警察でも行く?』
あのときだけは本気で、もうすべてを終わらせてしまってもいいような気になっていたのかもしれない。
終わらせられるなら、もう────。
(……ちがう)
芽依が逃げないことは分かっていたんだ。通報されない確信もあった。
あの段階まで来て、俺を裏切れるわけがないんだから。
ひっそりと息をつく。
集中しないと。
芽依の時間は俺が止めたし、ふたりの時間も決して戻らない。