スイート×トキシック

「十和くん、早く帰って来ないかなぁ」

 そう言いながら鞄をクローゼットに戻す。
 ばたん、と部屋のドアを閉めて後にした。



*



 玄関前の廊下に座り、彼の帰りを待っていた。
 膝を抱えながら壁に背を預ける。

(わたしが出て行かなかったこと、どう思うかな)

 ドアを眺めた。
 補助錠もチェーンもかかっていない。
 その気になればすぐにでも外へ出られる。

 そんなことを考えていると、不意に靴音が近づいてきた。

 彼かもしれない。
 わたしは立ち上がった。

 果たしてその予想通り、がちゃがちゃと鍵が回る。
 ドアが開くと、眩しいほどの光が射し込んできた。

「……!」

 ばたん、と彼の背後で閉まる。
 わたしの姿に気付いた十和くんは、はっと息を呑んだ。

「……っ、芽依」

 どさ、とその場に荷物を取り落とし、泣きそうな顔で一歩踏み込む。

 強く抱き寄せられ、わたしは彼の腕の中におさまった。
 いつもの温もり。いつものにおい。

「いなくなっちゃうかと思った……」

 不安定な息遣いだ。声まで掠れて震えていた。
 思わず小さく笑ってしまう。

「もうこんなふうに試さなくても大丈夫だよ」

 ぎゅう、と強く抱きすくめてくる腕の力に何だかほっとした。
 ふたりきりのこの夢の時間は、まだ終わらないんだ。

「言ったでしょ、わたしを信じてって」

「信じてた。信じてるよ……。でもやっぱ、すっごい怖かった」

 彼は一度わたしを離し、存在を確かめるように頬に触れた。
 指先はいつになく冷えきっていて、その不安感を表しているようだ。

「帰ってきて芽依がいなくなってたらどうしよう、って。もう一日中気が気じゃなかった」

 頬に添えられたその手に、自分の掌を上から重ねる。

 体温が混ざり合う。
 このまま彼の不安もぜんぶ溶かしてしまいたい。

「わたしはどこにも行かないよ。十和くんのそばにいるって約束した」

「芽依……ありがと」

 心底安堵(あんど)したような彼が再び抱き締めようと腕を伸ばしたとき、がさ、と足元で音がした。



 視線を落とすと、学校の荷物とは別に白色のビニール袋が落ちている。

 どこかで買い物をしてきたみたいだ。
 ロゴを見てホームセンターだと分かった。

「何買ってきたの?」

「あぁ、必要なもの色々……。ゴミ袋とか」

「……そっか、ちょうどよかった。わたしも捨てたいものあったから」

 その場に屈んで袋に手を伸ばしたが、避けるように素早く取り上げられた。
 思わぬ行動に驚いてしまう。

「じゃあ、あとで1枚持ってってあげるね」

 十和くんはいつものように柔らかく笑う。
 いつものよう、だけど隙がない。

 わたしは何だか胸騒ぎを覚えた。
 急速に沸き立って一向に止まない。

「あ……うん。ありがとう」

 荷物と袋を手にリビングの方へ歩いていくその背中を目で追った。

(気のせい……?)

 一瞬だけ見えた袋の中身────。
 ブルーシートやノコギリみたいな刃物が入っていた気がした。
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