スイート×トキシック

「まだ分かんない? きみのかわいい顔に傷つけたくないからさ、あんま殴らせないでよー」

 打たれた頬がひりひり痺れるのを感じながら、唇を噛み締めて彼を見上げた。
 非難するように()めつける。

 へら、と軽薄(けいはく)な笑みを浮かべたかと思うと、先ほどみたいに髪を掴まれて強引に起こされた。

「だからさ、そういうの」

 不機嫌そうに声を低めた朝倉くんの手が、再びわたしの頬を強く打った。

「痛い! もう、やだ……っ。誰か、助けて!」

 届かないと分かっていながら、窓の方に向かって叫んだ。
 もう誰でもいいから、この地獄から救って。

「たすけ……っ」

 ぐい、と頬を掴んで向き合わされると、その唇で口を塞がれる。
 叫んでも言葉にならない。

「や、め……」

 また殴られることも覚悟していただけに、予想外の行動だった。
 押し返そうとした手は、今朝のように頭上で捕まってしまう。

「諦めが悪いね。まだ叫ぶ? そのたびキスで塞いであげるけど」

 ふるふると慌てて首を横に振った。
 わたしの気を挫くには十分すぎる脅迫だ。

「ふふ、そう……大人しくしてて」

 満足気に笑った朝倉くんは立ち上がると、一度部屋を出ていった。
 戻ってきた彼の手には包丁が握られている。

「……え」

 おののいて声が引きつる。
 彼はにっこりと微笑んで顔を傾けた。

「好きだよ、芽依ちゃん。ずーっと一緒にいたいくらい」

 突きつけられた鋭利な刃とはちぐはぐな甘い言葉。
 心臓が嫌な音を立てる。

「……なのに、きみは逃げ出そうとしたんだよね。このふたりきりのお城から。俺から」

 ゆっくりと歩み寄ってきたのを見て、危機感が息を吹き返した。
 座り込んだままとっさにあとずさる。

「ち、ちがう。ちがうの! お願い、許して! もうしないから……!」

「いまさら遅いよ。悪い子にはちゃんとお仕置きしないとね」



 ────ぽた、ぽた、と包丁の先から血が滴り落ちる。

「あーあ……可哀想に。痛いよね、辛いよね」

 悲鳴という悲鳴を上げすぎて、もう声なんて出せない。

 床にうずくまったまま、傷だらけの脚を抱えた。
 少し動かしただけで、血の跡が(わだち)のように残る。
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