スイート×トキシック

「分かってくれたと思ったんだけどなぁ」

「やだ! 離して!」

「泣きたいのは俺の方だよ。本当、悲しい。それにさ、俺を怒らせないでって言ったよね?」

 ぐっと両手に力が込められ、首が絞まる。

 逃れようと必死にもがいてもびくともしない。
 ちゃり、と虚しく鎖の音が鳴るだけ。

 痛い。嫌だ。怖い。
 死にたくない。
 誰か助けて────。

 無意識に縋ってしまう“誰か”の幻影は、いつだって先生だ。

(先生……たすけて)

 彼のことが浮かぶと、それをかき消して上書きするようにいっそう強く圧迫された。

 痛みと苦しさで、それ以外の何かを考える余裕を失う。

 朝倉くんの顔が涙でぼやけて見えなくなる。

「俺はただ、芽依ちゃんと幸せになりたいだけなのに……」

「う……、あ」

 息ができない。
 耳鳴りがして音が遠のいていく。

 涙で何も見えない視野が狭まってきて、押さえつけられた身体は動かなくて、酸素を吸い込みたいのに口を開けても嗚咽(おえつ)が漏れるだけ────。

(……死、ぬ……)

 朦朧(もうろう)とした頭に“死”という概念がなだれ込んできた。

 本当に殺されそうなときって、右往左往する暇もないんだ。
 あまりの苦しさに力が抜けて────。

 そのとき、ふいに喉の奥に空気が通った。

 ひんやりと冷たい風が過ぎたかと思うと、一気にむせ返る。

「……っ、けほ!」

 顔が熱くて、じんじんする。
 身体を丸めて()き込むわたしを見下ろす朝倉くんは、はたと我に返った様子だった。

「あっぶなー。危うく殺しちゃうとこだった」

「は……」

 反射的に怒ったものの、それをぶつけるだけの余力は残っていなかった。

 呆然と放心状態で、激しい心臓の音を聞きながら呼吸を整える。
 床に倒れたまま、まだ力が入らない。

(生きてる、わたし……)

 ただその認識だけが自分の中で繰り返された。
 実際、それくらい死の瀬戸際(せとぎわ)に立たされていたと思う。

「そんなに苦しかった? ごめんね、つい」

 朝倉くんは指先についた血をぺろりと舐めた。
 きっと、食い込んだ爪に肌を破られたのだ。

「でも、芽依ちゃんが悪いんだよ? 俺の気持ち全然分かってくれないから。いまだって、真っ先に誰のこと考えたの?」

「そっちだって……」

 そう言い返しながら起き上がった瞬間、頬に衝撃が走った。
 再び床に崩れ落ちる。

「……っ」
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