スイート×トキシック

 心臓がおののくようなリズムを刻んでいた。
 何かひとつでも選択を誤れば、命さえ保証されないような気がする。

「あ、あるよ。もちろん……」

 必死で頭を働かせた。

 どんな言葉を望んでいるの?
 何を求めているの……?
 
 痺れるように張り詰めた空気をそっと吸い込む。

「……昼にも言ったけど、退屈なんだもん。十和くんのしてくれる話が唯一の楽しみなの。それだけじゃだめ?」

 (よど)みなく言えたのは、緊張が恐怖に昇華(しょうか)したからかもしれない。

 怖くても逃げられないところまで追い詰められると、立ち向かっていくしかなくなる。

「……なんだ、そうだったの?」

 ふと十和くんの顔にあたたかみが戻る。
 思わずほっと息をついた。

 一触即発(いっしょくそくはつ)の状況から脱して、元通りに空気がほどけていく。

「だめじゃないよ、いくらでも聞かせてあげる。外なんて、それこそ退屈でつまんないけどね」

 やっぱり、彼の中ではここでの生活がすべてなんだ。

 今後は外のことや学校のことを不用意に口にしないようにしなきゃ。
 ただ十和くんの機嫌を損ねて警戒させるだけだ。

「今日はね、英単語の小テストがあったよ」

 すっかり普段の調子に戻った彼がおもむろに言う。

「……あ、いつも水曜日にあるやつ?」

「そうそう、点数低いと放課後再テストになるやつね。芽依と早く会いたいからさ、居残りになんないように俺めっちゃ頑張った」

 へへ、と笑う十和くんは健気(けなげ)で無邪気そのものだった。
 先ほどまでとは別人(なみ)に大ちがい。

 いまは大型犬みたいに見えた。
 褒めて欲しくて、耳を後ろに倒して尻尾を振っている感じ。

「そうだったんだ。英語苦手だったっけ?」

「英語っていうか勉強がね。大っ嫌いだよ」

 今度はしょぼんと耳が下に垂れた。
 わたしは彼の頭に触れて、ふわふわの髪を撫でる。

「そっか、でも頑張ってくれたんだね。ありがとう。……嬉しいよ、わたしのためなんて」

 “ありがとう”って魔法の言葉かもしれない。
 ここに来てつくづく思う。

 大抵のことは、それで誤魔化せるしやり過ごせる。

「当たり前じゃん。芽依と一緒にいるためなら何だってする」

 十和くんが笑った。
 こんなふうに彼の機嫌だって取り戻せる、便利な言葉だ。

 わたしも同じように笑顔を返しつつ、心の内で考える。

(今日は水曜日か……)

 ちょうどいい。
 明日が平日なら、作戦を実行できる。

(────明日)

 明日には、ここから逃げ出せるかもしれない。
 先生と会えるかもしれない。

 そう思うと期待が膨らんでどきどきした。

「……そういえば、先生にこの前聞かれたよ。芽依のこと」

 どくん、と心臓が一度大きく跳ねる。

 思わぬ言葉に驚いて「えっ?」と聞き返した声は上ずってしまった。

「な、何を?」
< 46 / 140 >

この作品をシェア

pagetop