スイート×トキシック

 十和くんの態度は不気味なほど柔らかかった。
 いまだけでなく、ここのところずっと。

 わたしが反抗的な態度をとっても気を悪くする様子はまったくない。

 “お仕置き”が済んだから、気分がいいのかもしれない。
 単に逃げ出す素振りを見せないからかもしれないけれど。

(何でもいいや。わたしに害がなければ……)

 毒にも薬にもならない無為(むい)な時間が続くと、投げやりにもなってしまう。

 ────だけど、外では確実に捜索が進んでいるはず。
 警察も動いているのなら、こんな生活はそう遠くないうちにきっと終わりを迎える。

 ふいに、十和くんが「そうだ」と声を上げた。

「芽依にプレゼントがあるんだ」

 耳元に指先が触れたかと思うと目隠しを外される。
 夕方の色が眩しくて、思わず一瞬目を細めてから、その手にあるものを認めた。

「それ、は……」

「どう? 着てくれる?」

 淡い色合いの小花柄ワンピース。
 丈が長めでティアードになっているから、まるでドレスみたい。

「ドア閉めて待ってるからさ、終わったら声かけてよ」

 そう言いながら拘束を解いてくれる。
 ワンピースを渡すとあっさりと部屋を出ていった。

 何か企んでいるんじゃ、と不安になったけれど、確かにそろそろ着替えた方がいい。

 ここへ連れてこられてからずっと拒んできたから、未だにあの日と同じ制服姿だった。

 たび重なる暴力のせいで染みた血が変色し、掴まれたブラウスはしわになっている。
 傷のためにも清潔な服に着替えるべきだろう。

 だけど、十和くんの用意したものだ。
 何となく不信感が拭えなくて気が進まない。

 そんなことを考えながら、ふわりとワンピースを広げてみた。

(あれ? これって……)

 以前、どこかで見た気がする。

(……そうだ、思い出した)

 前に逃げ出そうとした夜、駆け込んだ部屋のクローゼットで見たんだ。

 どうしてこんなものがあるんだろう、と思ったのに、それどころじゃなくてすっかり忘れていた。

「わたしに着せるためだったってこと……?」

 そんな気がしてきた。
 わたしの着替えとして用意していたのかもしれない。

 薄気味悪さを覚えるものの、いまは着替えがあって助かった。

 おずおずと袖を通すと、ボタンを留めて胸元のリボンを結ぶ。

 鏡がないから確かめられないけれど、十和くんの前で着飾る必要もないし、不格好だって別に構わない。

「終わったよ」

 言いつけに素直に応じ、ドアの方へ声をかけた。

「じゃあ開けるよ」

 そんな声が返ってきたかと思うと、ゆっくりドアが開く。
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