スイート×トキシック
     ◇



 ここのところ、彼は上機嫌だった。

 わたしも椅子から解放され、足をまとめ上げていた結束バンドまで断ち切ってくれたけれど、結局それだけではできることなんてない。

 ────朝、制服姿の十和くんが姿を現す。

 布団の上に倒れ込むわたしと、傍らに放られたリボンのバレッタを見て、困ったように苦笑した。

「今日もふて寝してるの? あと、せっかく似合ってるんだからこれ外さないでよ」

 バレッタを拾い上げつつ「ほら起きて」と手を差し伸べてくる。
 ふい、と顔を背けた。

「……そんなのいいから、わたしの制服返してよ」

 きっと、それもこのワンピースと同じにおいに染まってしまっただろうけれど、気持ち的にはいくらかましだ。
 嫌悪感も多少は和らぐはず。

「えー、着替えちゃうの? こんなにかわいいのにもったいない」

 惜しむように彼が言う。
 だったら、なおさら着替えたい。

「もちろん制服姿も好きだけどね。どんな芽依もかわいいから」

「…………」

 二の句を()げず、ため息すら出なかった。

 ここまで冷たくあしらっていたら、そのうち恋心も冷めるかと期待していた部分もあったのに、どうしてこうもめげないんだろう。

 その折れない心だけは尊敬に値するかもしれない。

「じゃあさ、制服返してあげるからそろそろ機嫌直してよ」

「……機嫌の問題じゃないでしょ」

「そうなの? 何か怒ってるってこと?」

「分かんないの?」

「全然。だって俺、悪いことなんて何もしてないし」

 こともなげに言われたその瞬間、わたしの中で(たが)が外れた。
 理性が感情に押し負ける。

「正気……?」

 床に手をついて身体を起こした。
 ぐい、と襟元を下げて見せる。

 そこにはくっきりと、わたしを苦しめた痕跡が残っている。

「見える!? わたし、十和くんに何度も殺されそうになったんだよ!」

 彼の視線がわたしの目から首へ移った。

「それだけじゃない。身体中、傷だらけ」

 ばっ、と裾を(もも)のあたりまでめくって見せると、痛々しい(あざ)や切り傷があらわになる。
 袖の下だって、顔だって、お腹や背中だってそうだ。

「誰のせいでこうなったか分かってるよね!?」

 彼の眼差しがやがてわたしの双眸(そうぼう)に戻ってきた。

 その表情は冷ややかに消えている。

「芽依のせいでしょ」
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