スイート×トキシック
────けれど、それは、わたしから理性を奪うほどではなくて。
唇が届く前に、とん、と彼の肩のあたりに触れる。
押し返さなくてもそれだけで止まってくれた。
(拒ん、じゃった……)
よかったのかな。
自分を優先して。
まとまらない感情が渦を巻いて、心の中をかき乱す。
どろどろに溶けたチョコレートみたい。
あまりに重たい沈黙のあと、ややあって十和くんが離れた。
するりと手をほどいて立ち上がる。
「……ごめん」
たったひとこと、いまにも消えてなくなりそうな声色でこぼした。
寂しくて切なげな余韻を残して部屋から出ていく彼を、何も言えずに見送る。
(わざと……?)
わざと、ゆっくり顔を近づけたんだ。
受け入れるか、拒否するか。
わたしに委ね、選ぶ余地を残すために。
『勝手に決めないでくれる? きみに選ぶ権利なんかないから』
そんなふうに言っていたのに、どうして?
(どうして……そんなに優しいの?)
わたしは傷つけてばかりだというのに。
彼がくれる愛情を一身に受けながら、その想いを知りながら、結局は自分の気持ちを優先してしまった。
十和くんなら許してくれると、心のどこかで甘えていた。
(だって……)
本気でわたしを得ようと思ったら、最初からそうやって脅せばいいだけなんだ。
何度かそうしたみたいに、強引に奪ってしまえばいい。
恋心の対価として“応じなければ殺す”と言えばいい。
彼は“王さま”なのだから。
それなのに、十和くんは決してそうしない。
ほかのことならいざ知らず、この一線ばかりは律儀に守り続けてくれている。
わたしの気持ちを尊重してくれている。
『……ごめん』
去り際の切ない声色が耳から離れなかった。
高鳴って止まない鼓動が苦しい。
(わたしが傷つけた。また……)
ずきずき、割れたように心が痛む。
痛みは鏡になるのに、想いは────。
窓の外には夜の帳が下りていた。
ふいに遠慮がちなノックが響いて、びくりと肩が跳ねる。
「芽依……」
どき、と心臓が射られた。
やっと落ち着いたはずの拍動がまた激しくなる。
「入ってもいい?」
「……うん」
どういう顔をすればいいのか分からなかったけれど、頷くほかにない。
ノックと同じく遠慮がちにドアが開き、十和くんが足を踏み入れた。
無意識にその顔を見上げれば、目が合ってしまう。
「!」
ぱっと慌てて逸らした。
十和くんもたぶん同じようにして、落ち着かない沈黙が落ちる。
(気まずい……)