スイート×トキシック

 フラットな態度で声をかけると、一瞬目を見張った彼がふんわりと微笑む。

「ただいまー、芽依」

 その場に荷物を落として駆け寄ってくると、その勢いのまま抱きつかれた。

 頬をすり寄せるように動くから、ゆるく癖のついた髪の先が時折触れてくすぐったい。

「……あんまりくっつかないで」

「照れなくていいよ。俺と芽依しかいないんだし」

 微かに笑った彼はそっと離れると首を傾げた。

「結局、着替えなかったんだ?」

「まあ……何となく」

「俺のため、って受け取っとくね。素直じゃないんだから」

 人差し指で頬をつつかれ、むっとしているうちに腕がほどかれた。

 手を引かれるがまま、並んで布団の上に腰を下ろす。
 じっと注がれる熱っぽい眼差しや繋がれたままの手に耐えかねて、つい口を開いた。

「十和くんって、どうしてここまでできるの?」

「────好きだから」

 何度も聞いたその答えには説得力があった。
 誘拐も監禁も、わたしにしたどんなことも同じで、彼の原動力は一貫している。

「ねぇ、十和くんの初恋ってどんなだった? その人にもこんなことしてたの?」

 一瞬、意表を突かれたように笑みが消えて、それからまた笑った。

「まさか」

 思い返すようにして言葉を繋ぐ。

「うーん、そうだな……。よくある感じだと思うよ。そのときは小さかったから恋かどうかもよく分かんないで、あとになって気づいた。結局、伝えられないまま」

 思いのほか甘酸っぱくてほろ苦い。
 その切なげな表情は、どうしても嘘には見えなかった。

「……そうなんだ。ちょっと意外」

「そう?」

「うん、十和くんなら迷わず告白しそうだもん」

 数えきれないほど伝えられてきた“好き”という想いや甘い言葉たち。

 遠慮や臆病(おくびょう)さなんて知らないみたいに、ただ気持ちをぶつけてきた。

「それはね、知ったからだよ」

「知った?」

「そう。その人のこと好きだったけど、伝えられなかった。言いたくても言えなかった。そういう恋もあるんだって初めて知った」

 やわく笑む横顔につい目を奪われていると、ふいに真剣な瞳に捕まる。

「だから、伝えられるなら……その機会があるなら迷いたくない」

 どき、と図らずも心臓が跳ねた。

「芽依、好きだよ」

 触れ合った手の温度が高くなる。
 毒だと分かっていても、逸らせなかった。

「……っ」

 ゆっくりと、十和くんの顔が近づく。
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