後宮毒見師伝~正妃はお断りします~
「宮女募集の看板を見てきた? ダメダメ、そんな汚らしい恰好じゃ」
「でも、健康であれば未経験でも平気って」
「最低限の清潔さは必要だろ。顔を見ていいな!」
「おいおいそれは可哀想だ。なんなら俺が洗ってやろう」

 二人いる門番のうちの一人が桶に水を汲んでやってくる。もう一人が大げさに笑った。

「そりゃいい! 嬢ちゃん、洗ってやるよ。そりゃッ」
「うぷッッ」

 思い切り水を顔にかけられ、夏晴亮が尻もちをつく。それを大笑いする二人の顔が固まった。顔の泥が落ち、長い前髪が後ろに流れ、夏晴亮の顔の造形が露になる。門番たちが慌て出した。

「こ、こいつ、いや、この子」
「早く通してしまおうッ。あ、あの、悪かったな。泥を落としたくてちょっと意地悪してしまったんだ。宮女の面接はあっちだ。ほれ、これで水を落とせ」
「有難う御座います」

 優しくなった門番を疑問に思うが、深く考えず布で水を拭きながら面接の場へと付いていく。髪の毛と上着がまだ濡れているが、これ以上はどうにもならないので気にしないことにした。

「次、入りなさい」
「失礼します」

 中には恐ろしい外見の男と中年の女が椅子に座っていた。その前に夏晴亮が立つ。

「貴方で最後ね。ところで何故服が濡れているの?」
「門のところで水を掛けられました。でも、拭くための布をくださったので良い方です」
「そう。まあ、いいでしょう。貴方の名前はなんですか?」

 身なりを確認した女が紙に書きながら質問する。

「夏晴亮、十八歳です。趣味は食べること、健康そのものです。宜しくお願いします」
「なるほど……うん? なるほど?」

 顔を上げた女が勢いよく立ち上がり、夏晴亮の顔面を両手で強く包んだ。

「その顔面は本物ですか……?」

 女に驚かれ、夏晴亮は首を傾げた。

「はあ……生まれてこの方、この顔以外になったことはないですけど」
「つまり、仮面ではないと」
「さすがに仮面ではないです」
「採ッッッ用!!!」

 女が書類に判を叩きつける。全く思考が追い付いていないが、合格したことだけは理解した。夏晴亮が手を叩いて喜んだ。

「夏晴亮、まずは」
「はいッ」

 真面目な表情になった女を前に、何を言われるのか不安気な顔で構える。女が二回手を叩いた。

「そのぼろ雑巾をどうにかしなさい! 皆さん、湯あみと着替えを」

 その言葉に、後ろから宮女が三人音もなく現れた。

「承知しました!」
「まあまあ随分な恰好ね。綺麗にし甲斐があるわぁ」
「見てこの子。お肌がぷるんぷるん」
「わわ、あわわわわ」

 情けない悲鳴とともに、夏晴亮は三人によって連れていかれた。

「あの、どちらに」
「湯あみ処よ。とにかく綺麗にしないと」

 無理矢理歩かされながら、どんどん変わる景色を眺める。どこもかしこも清潔で、夏晴亮は眉を下げた。

「すみません、汚くて」

 そっと宮女から離れようとすると、余計に強く掴まれた。

「気にしないの。私も気にしない。だから、早く綺麗になりましょ」
「……有難う御座います」

 夏晴亮は三人の姉により、半刻もの間もみくちゃにされた。
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