後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

私の気持ち

 夏晴亮(シァ・チンリァン)の喉が鳴る。

「私の、気持ちですか」
「そうです」

 自分が問われているのに、全く実感が湧かない。まるで遠くで聞いているようだ。夏晴亮は頭を抱えた。

「一度も考えたことがなかったです。食べ物も無くて、毎日生きるので精一杯だったから……!」

 誰かのことを想うなど、一緒来ないどころか、そういう思考になったことすらなかった。頭の片隅に置かれたことすらない。それだけ他人事だった。

「なるほど。失礼ですが、貴方は一人で生活してきたと伺っています。些か不躾な質問でした。申し訳有りません」
「いえ、私は気にしたことがないので平気です。こちらこそ任深持様のお気持ちを真剣に考えず申し訳ないです」

 最初はただの形式上の妻だと思っていた。しかしそれが違うとなると、ただ断るだけでは失礼に値する。

「では、今のところ貴方の気持ちは未定ということで宜しいでしょうか」
「えーと、はい。そうですね。ただ、私自身結婚したいと思ったことがないので、未定から変わることはまだ難しそうです」
「率直な意見有難う御座います」

 馬宰相としても、自分の上司の未来に関することであるから心配だろう。いつか、第一皇子に見合う素敵な相手が見つかるといいと願うばかりだ。

「ところで、犯人の件に戻りますが、雨を調理場に配置して観察してもらいましょう。会話は出来なくともこちらの言っていることは理解していますから、料理人以外の人物がやってきたら報告時にこちらが質問して鳴いて答えてもらう。これでどうでしょう」

「それは良いですね。阿雨だけなら誰にも視えませんし、私がその場にいなくても把握出来ます。これで誰かが来た日と毒が入っている日が重なったら」

「その人が犯人と仮定していいでしょう」

 危険の少ない方法だと思う。雨に第二皇子親子の顔を覚えてもらえたら、さらに精度は増す。さっそく夕餉から実行することにした。

「貴方の毒見場所も夕餉から変更でお願い致します」
「はい、分かりました」

 こちらは場所が変わるだけでやることは同じだ。毒見という仕事をするだけ。任深持のことは気にしない。夏晴亮は何度か深呼吸し、馬宰相の部屋を後にする。

「はッもう昼餉の時間が過ぎてる! 急がなくちゃ!」

 一日三回の楽しみが過ぎていることに気付いて小走りで食事場へ向かった。昼餉の時間が終わってしまえば、夕餉まで我慢しなければならない。せっかくの無料で温かく美味しい料理をもらえる貴重な時間なのに。幸い、女官も食事場へ行っていたため、誰にも廊下を走ったことを咎められることなく昼餉にありつけた。
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