後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

しおらしい第一皇子

「失礼します」

 扉を開けると、任深持(レン・シェンチー)と馬宰相がいた。二人きりではなくほっとする。

「そこへ座れ」
「はい」

 任深持の声がやや硬い気がする。彼の席からやや離れたところに座り、毒見の皿に料理が取り分けられている様子を見守った。

「どうぞ」
「有難う御座います」

 皿に少しだけ顔を近づけて匂いを嗅ぐ。夏晴亮(シァ・チンリァン)の動きが止まった。横にいた馬宰相が声をかける。

「毒、ですか?」
「……匂い的に恐らく」

 頷いてから、料理を口に入れる。やはり毒だ。今週はまだ一度も無かったので、そろそろかと思っていた。

「はは、さっそく罠に掛かったか」

 任深持が意地悪く笑う。彼にとっては、夏晴亮が来る前から悩まされている長年の悩みであろう。

「夏晴亮、もう食べなくていいぞ」
「ええッせっかくのお料理が……そういえば、毒が入っていた時は任深持様は何を召し上がっているのですか?」
「お前たちに用意される料理と同じものを食べる」
「なるほど、じゃあ」

 夏晴亮が任深持から遠ざけられた毒入りの皿を見つめる。ごくりと喉が鳴った。

「あのお料理は処分されるのですね」
「当たり前だろう。誰が食べるんだ」
「私が食べます!」
「お前の頭は豆腐か!?」

 元気よく手を挙げた夏晴亮に、思わず任深持が立ち上がる。いくら毒が平気だと言っても、全ての毒に無毒化出来るとも限らない。

「えぇ……せっかくのお料理が……」

 止めなければ皿に飛びつきそうな様子を見て、馬宰相がある提案をした。

「そんなにお腹が空いているのでしたら、今から夏晴亮の分も持ってきましょう。それなら、食事場へ向かわずとも早く食べられますよ」
「わ、いいんですか! 有難う御座います!」
「沢山お持ちしますね。それと、雨を連れてきます」
「宜しくお願いします」

 馬宰相によって、ようやく毒が遠ざけられた。任深持が息を吐く。あのままでは確実に夏晴亮は毒を喰らっただろう。良い意味で言えば、実に逞しい女性である。

──こいつといると、私が悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる。このくらいあっけらかんとしている方がいいのかもしれない。それでも、毒をわざと食べようとは思わないが。

「夏晴亮」
「はい」
「その、すまなかった。しつこくして」

 夏晴亮が目を真ん丸にされる。いつも高圧的な物言いをする自信満々な彼が、まさか一宮女に謝るとは。

「いえ、全然。私は平気ですので、謝らないでください」
「分かった」
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