後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

お忍びで

「怪我はありませんか」
「はい。道中、誰かに話しかけられることもありませんでした」

 超国から接触は無かったらしい。金依依(ジン・イーイー)は他国から来たので、捕らえる必要がなかったのかもしれない。

「有難う御座います。お疲れでしょうから今日はお休みください」
「恐縮です」
「行きましょう」

 王美文(ワン・メイウェン)が金依依を促し、退室する。残された四人はそれぞれ顔を見合わせる。

「たまたま物静かな方に化けられたのが、発見を遅らせた原因ですね」
「私はまだ区別が付かない」

 閉じられた扉を見つめながら各々感想を言い合う。

「またお会いしたら、改めてご挨拶しましょ」

 夏晴亮(シァ・チンリァン)任深持(レン・シェンチー)に提案すると、ようやく彼の表情が柔らかくなった。

「そうだな。彼女は王美文以外はまだ見知らぬ他人。早く打ち解けられるように名前を覚えてもらおう」
「はい」
「ところで、今日は雑務が無いのだが……あー」
「どうかしました?」

 言い淀む彼が珍しく、不思議な気持ちで続きを待つ。任深持が視線を彷徨わせながら口を開いた。

「どこか、出かけないか。私と」
「お出かけ……いいですね」
「そうか! では昼餉の後に王都へ出よう」
「はい。楽しみです」

 昼餉の際金依依に挨拶をし、毒見をして皆で食事をした。毒見を側室が担っていることに金依依が驚きの声を上げたので、そこで初めて彼女の人間らしいところを見ることが出来た。

「うふふ。いってらっしゃいな。楽しんで」
「はい。いってきます」
「うふふふふ」

 王美文に見送られて大門を出る。馬宰相と馬星星(マァ・シンシン)も付いているが、二歩程後ろを歩いているので、気分的には二人きりだ。

 現在、夏晴亮は王美文と馬星星の手によって、美少女がさらなる進化を遂げ、国一番の美少女と言われても頷ける外見になっていた。歩くたびに、通行人がちらちら夏晴亮の方を向いている。

 ちなみに、王族と分からないよう二人とも変装してはいるが、身に付けているものは上品なものばかりなので、王族ではなくとも十分目立っている。

「王都の民に見えているか?」
「貴族には見えているかと」

 後ろにいる馬宰相にこっそり聞くが、返ってきた返事に任深持が服を摘まんで呟く。

「やはり、前回のように顔も隠せる外衣にすべきだったか」
「顔も隠せた方がよいですか?」
「いや、何でもない。行こう」
< 72 / 88 >

この作品をシェア

pagetop