後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

駆ける

 術師が結界を強める。負傷した術師も法術による簡易的な治療を終え懸命に印を結ぶが、向こうの攻撃がどんどん強まり、結界が破られるのも時間の問題となった。

「これでは術師の力が弱まり、精霊を放つことも出来なくなりますッ(ヂュ)大将ご指示を!」
「承知した! 全員戦闘態勢に入れ! 土精霊は足が遅いから構うことはない。盾で体を隠しながら結界の外へ一気に飛び出すぞ!」
「おおおおおお!」

 土精霊は脅しだろう。それよりも矢が厄介だ。運悪く鎧の繋ぎ目に入ってしまえばそれだけで重傷となる。任深持(レン・シェンチー)が手綱を持つ。夏晴亮(シァ・チンリァン)が声をかけた。

「任深持様、どうかご無事で」
「夏晴亮……阿亮(アーリァン)、貴方も、決してここから出ないように」

 任深持が手を伸ばして夏晴亮の頬に一瞬だけ触れた。すぐにそれは離れていき、結界の外へと小さくなる。

阿雨(アーユー)。私たちも、準備をしておきましょ」
『わん!』

 雨を撫でながらも、夏晴亮の瞳は前を向いて熱く燃えていた。

 一進一退の戦いが続く。夏晴亮の組まれた両手が汗で滲む。味方も敵も、どんどん傷ついていく。法術があればある程度の治療は可能だが、致命傷を与えられたらどうしようもなくなる。

 軍隊を先頭に、後ろで術師たちがお互いに精霊を放って戦い合う。実に虚しい光景だ。何故、一つの国だった者たちが争わなければならないのか。数百年も経ったというのに、対話して、歩み寄ってはいけないのか。燻りは徐々に大きくなり、血をもって証明せねばならなくなった。

 必死に任深持の姿を追う。李友望(リィ・ヨウワン)まであと少しというところで、超国の大将が躍り出た。

「ああ゛ッッ」

 任深持が左腕を切られ、声を上げる。夏晴亮が立ち上がった。

「任深持様ッ」

 万が一のため与えられている短剣を取り、任深持と李友望の元へ走り出す。

「阿雨!」
『わおん!』

 このまま突っ込んだところで勝機は無い。夏晴亮は飛び上がった雨に跨り、空を駆けた。

「なんだって!」
「精霊が空を飛ぶなど!」

 まるで奇跡のような姿に、一瞬の隙が生まれた。夏晴亮が李友望の真上で飛び、彼の馬に下り立った。衝撃に驚いた馬が暴れ出す。夏晴亮が短剣を李友望の喉元に突きつけながら馬を転げ落ちた。

「阿亮!」

「李友望様!」

『ぐるるる……』

 周りの軍人が駆けつけようとしたところに、雨や他の精霊が立ちはだかる。

「勝負……ありましたね」
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