後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

私、毒見師なので 完

 夏晴亮(シァ・チンリァン)は驚いていた。もっと抵抗されるかと思っていたからだ。何か理由があるのだろうか。捕まえていた李友望の背中が小さく丸まった。

「ごほッ……早く殺せ」
「殺しません」

 李友望(リィ・ヨウワン)は、夏晴亮を一瞥し、深い息を吐いた。

「放っておいたところで、我はもう長くない。少女に捕まる程度の老人よ」
「だから、今、動いたのか」

 任深持(レン・シェンチー)が呟く。禁術に手を出したところで、いつか命の火は消える。その前に、自身の悲しみの元を潰したかったのかもしれない。

「任深持様」

 夏晴亮の声に従い、任深持が李友望の目の前に片膝をつく。

「対話をしましょう。私たちは言葉が少なすぎた。二百五十年、あまりに長い苦しみを、どうか私にも分けて頂けませんか」

 李友望が一筋の涙を零した。

「……我はとうに負けていたのか」


 任深持が立ち上がり、剣を掲げて宣言する。

「此度の戦いは我が才国が勝利した。しかし、我々は超国と争いを望んでいるわけではない。友好国として、今後歩み寄っていこうではないか!」

「わあああああ!」
「任深持様!」

 才国から勝利の雄たけびが上がり、超国から落胆と安堵の声がした。彼らもまた、被害者なのだ。

「さあ、まずは体を起こしてください」

 任深持と李友望が手を取り合ったところで、夏晴亮も短剣を下ろす。

 その瞬間、一筋の矢が任深持へと一直線に飛んできた!

「任深持様!」

 一番に気付いた馬牙風(マァ・ヤーフォン)が法術で風を飛ばすが、僅かな差で間に合わない。軌道が逸れず、矢が任深持を襲った。
 しかし、一向に痛みはやってこない。任深持が目を開けると、そこには代わりに矢を受けた夏晴亮が任深持の腰に抱き着いていた。

「阿亮!」
「夏晴亮様!」

 夏晴亮は鎧を身に着けていない。そして、身を守る護符も先ほどの雷で効果を失っている。任深持が恐る恐る彼女の背中をさする。じんわりと赤いものが滲んできた。

「だい、丈夫ですか」
「嗚呼、貴方が助けてくれたおかげで私は平気だ……阿亮……すぐに馬牙風が治してくれる。痛いだろうが、少し我慢してくれ」

 超国側がざわざわと五月蠅くなる。

「誰が矢を放ったんだ!」
「俺じゃないぞ。こっちからだ」

 お互い無罪を主張する中で、一人の軍人が前に出た。

「俺だ! 対話をしたところで、どうせ俺たちを追い出すんだろう! 才国なんて滅びてしまえ!」

 すぐに男が捕らえられる。男が笑った。

「はははは! 治療しても無駄だ。それには毒がたっぷりと塗られているかな!」
「お前! 相手は次期皇帝の妃だぞ!」

 犯人の告白に顔を真っ青にさせる超国軍だったが、それとは反対に才国軍は平然とした顔になった。

「なんだ、毒か」
「夏晴亮様、まもなく傷は癒えますから」
「有難う御座います。もう全然痛くないです」

 慌てたのは犯人だ。

「即効性の毒だぞ!」
「問題無い。そうだろう、夏晴亮」

 任深持が夏晴亮を立たせる。完治したことを示すため、その場でぴょんと一跳びした夏晴亮が爽やかに微笑んだ。

「はい。私、毒が効かない毒見師なので」

 かくして、才国と超国の新たな未来が始まる。

                   了
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