純潔嗜好男子
昨晩帰宅してからの記憶が曖昧だった。
土曜日だっていうのに、目覚まし無しでいつも通りの早朝に目覚めてしまった。
ベッドから起き上がってケトルでお湯を沸かし、冷蔵庫から食材を取り出して朝食を作り始める。
包丁を握り締める利き手に違和感を感じるが、きっとビンタした所為に違いない。
「はぁ…」やってしまった。いくらあの場を止める手段とは言え、人を殴ったことには代わりない。
これ私大丈夫なのか?
後悔したところで時間は巻き戻らないし、杏奈を助けた事は悪い事だと思わない。
あの場で気付いていながらも見捨てた方が後味が悪いに決まってる。
出来上がった朝食をテーブルに並べ、沸いたお湯で珈琲を淹れれば、芳ばしい香りに少し落ち着く。
スマホの画面を見れば、社長からの返信が入っており、それは昨晩来ていたみたいで、あんな事があったから開きもせずに眠りに就ていた。
内容は、どうやら杏奈から連絡が返って来ないとのこと…。まあ仕方ない。今はそっとしてあげるのが吉である。
そして今日はこのまま私を呼び出す真似などしないでいただきたいものだ。
あの親子に振り回されて、危ない目にも遭ったのだ。恐らく、これで杏奈の夢も冷めるだろう。
私が離席していた間に何があったのか、心当たりを辿れば、トイレで盗み聞きしてしまった女の子たちの会話から考察するに、好いても相手から迫られたあの男がブチ切れたに違いない。
でも、普通あそこまでするか?
私と話してる時の氷室は普通だったし、なんならあいつから私に近付いてきていた。
もしも私に好意を寄せていたと仮定するにも、明らかに女慣れしてそうな氷室が自我をも失ってしまうあの姿は、どう考えても可笑しい。
あんな場所に遊びに来ておいて、実は女が嫌いでした。なんて、そんな冗談通じないだろう。
…でも、杏奈を馬鹿呼ばわりした女の子たちの言葉が、どうもつっかかる。
とりあえず朝食を食べ終え、杏奈に体調は大丈夫かと心配のメッセージを送り、社長にはそれとなく、その内連絡寄こすと思うのでそっとしておいた方がいいとアドバイスしておいた。
平穏な休日の幕開け。腑に落ちない部分があるものの、今は様子見といこうじゃないか。
朝から溜め込んでた洗濯物を回し、部屋中に掃除機をかけて、買い物リストを作る。
普段休みが取れない所為で、纏まった買い物なんて何ヶ月ぶりだろうか。
出掛け序でに、クリーニング屋に出すスーツを紙袋に入れて、適度に身支度を済ませ家を出た。
なんやかんやでお昼前。最寄駅前にあるクリーニング屋で受付を済ませて、駅改札を抜ける。
土曜の昼間は家族連れが多く、朝の通勤ラッシュとは別の混み具合である。
ここ半年間は社長の迎えがてらに運転手さんが家まで迎えに来てくれていたから楽々出社だったが、社長を起こす任務だけは満員電車通勤の方が幾分かましに思えてしまうのは何故だろうか。
吊り革に捕まりながら考えていたら、あっという間に目的地に到着。
商業施設が立ち並ぶ栄えた街並み。昨日の歓楽街は若者独身向け。対してここは買い物メインで楽しめる場所である。
人混みに紛れて改札を抜け、まずは御用達のお店が入ってるビルに行き、婦人服売り場の散策を開始した。