白い菫が紫色に染まる時
【2022年 菫 冬 東京】~あの時からとこれから~
【2022年 菫 冬 東京】

土曜日の昼間。私は何日かぶりの東京に舞い降りた。
自分の帰宅する場所のある最寄りの駅に降りた瞬間、馴染みのある景色に、安心する。
ここが、私の帰る場所なのだと。

家に帰ると、蓮くんは部屋で読書をしていた。
私が彼の部屋に顔を覗かせに行くと、彼は読んでいた本を机の上に置く。

「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
「うん。実家に戻ってみて、良かったと思ってる。本当に・・・、ありがとう」

私がそう言うと彼は嬉しそうに笑った。

「それなら、良かった」
「うん。あ、そうそうお土産買ってきたよ。今日は蟹鍋でもする??」

私は飛行機に乗る直前に買い込んだ蟹を蓮君に自慢げに見せた。

「お、美味しそうだね。久しぶりに一緒に作ろうか」

今の私の心はとても軽やかだった。
ずっと、私の中に引っ掛っていた錘から全て解放されたような気分だ。
キッチンに二人で立ち、鍋の準備をし始める。
やはり、誰かとご飯を作るのってすごく楽しい。

特に鍋は私の大学時代を精神的に支えてくれていた。
人とご飯を食べることの喜びを教えてくれたものだった。
時間はかかったものの、手際よく蟹鍋を作り終えて、あとは味がしみるのを待つ。

私と蓮くんは、先にビールで乾杯し、私が買ってきた北海道の土産をつまみに、食べ頃を待つことにした。
少しの沈黙の後、私は改めて蓮くんの目を見つめた。

「蓮くん、会ってたんだね。私の両親に」

彼は特に動揺するような様子は見せなかった。
私があの場所に帰った時点で、隠し通せることではないとわかっていたのだろう。

「うん」

しかし、そのことを隠していた罪悪感があるのか、彼は気まずそうに微笑んだ。

「まさか、ハガキの住所から私の幼馴染を探し出して、実家の場所聞く強引なことするなんて。正直、驚いた」
「送られてきたハガキを見て、もうこれしかないと思ったんだ。菫の両親に挨拶しに行くの。菫の事情はわかってたけど、やっぱり、このままじゃいけないんじゃないかって思ったから」

蓮くんの真面目な性格だと、私の両親が生きているのに報告にも行かないなんて、通常なら、失礼に値すること、ずっと、気にかかっていたのだろう。

「まあ、そういところ蓮くんらしいよ。結局、蓮くんのその行動のおかげで救われたし・・・・。」

私はビールを飲み、小さな声で「ほんと、私はいつも救われてばかり・・・」と呟いた。

「白澄さんに会った?」

彼が言いづらそうに、しかし、意を決したように聞いてきた。

「うん。ハガキを持って蓮くんが訪ねてきたこと、白澄から聞いたから」
「菫はさ・・・・・」

若干の空白の時間の後、「白澄さんのこと、好きだったんじゃないかな?」と彼が言った。

「菫さ、大学時代に言ってたじゃん。自分は、誰も好きになれないって。それ、多分自分が気づかないようにしてただけで、ずっと白澄さんのこと思ってたんじゃないかな?だから、誰も好きになれなかった」
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