白い菫が紫色に染まる時
白澄は気にしていないみたいだし、敢えて、あの日のことに触れる必要はないのではないか。
段々と登校中にした決心が鈍っていく。
一人頭の中で葛藤している間に、1限の始まるチャイムが鳴ってしまう。

いや、ダメだ。

あの時の言葉をなかったことにするなんて。それは卑怯だ。
でも、今伝えないと。後回しにすると、伝える勇気がなくなりそうだった。
教師はそんな私の心情など知るよしもなく、いつも通り早速授業を始める。
私は闇雲に、自分のノートの端を破った。
そして、その切れ端に自分の気持ちを書く。ただ、自分の思いをそのままに。


「東京に行くことにした」


私はその紙を折りたたみ、前を向いたまま、後ろにいる白澄に渡した。
彼がその紙を取ったので、私は行き場のなくなった手を机の下に戻す。
後ろで、どんな表情をしているかわからない。
やっぱり、放課後にでも面と向かって言うべきだったのかもしれない。
しかし、今更後悔しても遅い。
それから、数分後に後ろから先ほどの紙が差し出されたので受け取る。
私が渡した紙の裏に一言書かれていた。

「がんばれ」

その瞬間、心にかかっていた靄が一気に晴れた。

良かった・・・。

そもそも、朝から白澄は普段通りに見えた。
ここまで気にしていたのは私だけだったのかもしれない。
白澄だって、きっとあの夏の夜の哀愁に飲まれて、彼らしくないことを言っただけだ。
そうだ。きっと・・・。

そうじゃないと頭ではわかっていた。
でも、そのように考えた方が私にとって都合が良かった。

放課後、朝の混沌としたなくなり、三人で帰宅していた。

「ねえ。今年も正月は集まろうぜ」

陽翔は私の態度が元に戻ったのに安心したからか、そんな提案をしてきた。

「正月?」

受験前の冬に出かけるのは少し気が引ける。

「陽翔たちは、勉強があるだろ」

「だって、寂しいじゃん。元旦は、どうせ勉強のやる気出ないし。お参りしに行こうぜ。俺と菫は合格祈願して、白澄は企業安泰を神様に頼みに行こうよ。行きたいだろ?」
「俺は、いいけど・・。菫は大丈夫?」

それなら、合格祈願は元々したいと思っていたし、三人で過ごせる時間もあと少ないだろうから、三人の時間は大切にしたい。

「うん、私も行きたい。三人で集まりたい」

私は笑顔で返事をした。

「そうだな。三人で」

白澄もそれに同意する。

「でも、陽翔は今の模試の判定じゃ、心に余裕持って正月迎えられないんじゃないか?」

そして、白澄が陽翔をからかい始めた。

「え。何で模試の判定が悪かったこと知ってんの」

私と白澄はその言葉を聞いて、同じことを思ったのか顔を見合わせて笑った。

「陽翔、教室で模試の結果貰ったときに大声で言ってだろ。「あ~、やべえ。D判定だ」って」

きっと私たちだけではなく、教室にいた皆が知っている。

「俺、口に出してた?マジかよ~」
「まあ、頑張れよ。俺は陽翔も・・、菫のことも応援してるから」
< 22 / 108 >

この作品をシェア

pagetop