白い菫が紫色に染まる時
【2013年大学一年の夏 菫 東京】~忘却と予感~
【2013年 大学一年の夏 菫 東京】

この家に引っ越してきて、四ヶ月が経ち生活も安定してきた。
そして、気づいたことが二つある。

一つ目は、大学では意外に人間関係のネットワークが広がらないということだ。
私がサークルなどに入っていないのが主な原因かもしれない。
友人と呼べる人は同じクラスの人だけだった。
ゼミの活動など始まったら、少し輪が広がるかもしれないが、アルバイトに明け暮れる私の日常は、現状はそんな感じだった。

ただ、私は現状に不安を抱いているわけではない。
浅い関係を広く持つより、深い関係を持つ方がいいと思っている。

そして、二つ目は、私の隣人がよく女の人を連れ込んでいるということだ。
それも、違う女性がよく出入りしている。
他のアパートの住人とはタイミングが合わず、顔を合わせることはないのに、よりによって、隣の男性とはよく鉢合わせてしまう。
会釈はするが、正直、嫌悪感を抱いているので私の態度は素っ気ない。

アパートの大家の桃李さんに隣人の男性のことをそれとなく聞いたことがある。
桃李さんいわく、彼は「良い人」らしい。
漠然としか、教えてくれなかったが、とにかく「良い人」のようだ。
世間一般的に「良い人」が違う女性を部屋に連れ込むわけがないと思うけれど、桃李さんがそう言うのなら、私の知らない「良い人」の側面があるのだろう。

私は春学期の試験が終わり教室の窓から外を見ながらそんなことを考えていた。
明日からは長い夏休みだ。大学の夏休みは二ヶ月半ほどある。
まあ、ほとんどバイトで私の夏は終わるだろうけど・・・・。

そんな時、突然廊下の方から「菫~!」と私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
いつも一緒にいるからか、声だけで誰かわかる。

「紅葉も試験全部終わったの?」

彼女は駆け足で私のもとに走ってくる。
同い年だけれど、こうやって名前を呼んで駆け寄ってくるところを見ると年下の妹みたいで可愛い。

「終わった。だからさ、急なんだけど今日、夜空いてる?バイトある?」
「夜?空いてるけど・・・・」
「じゃあ、一緒にご飯行かない??」

紅葉とは昼食をよく共にするが、夕飯の誘いを受けたのは初めてだった。
基本的に紅葉は放課後に部活があり、私はバイトがあるので、夜の予定は合ったことがなかった。

「いいけど、今日部活ないの?」
「今日は、顧問の事情で練習なくなって。だから、菫も一緒に来てほしいんだよね。一人で行くの心細くて」
「来てほしいって・・・。どこに?」
< 30 / 108 >

この作品をシェア

pagetop