白い菫が紫色に染まる時
「すごい、顔も言動も全てがストライク。一目惚れした」
「確かに、顔は一般的にかっこいいと言われる部類だと思うけど、楓さんは・・・・」

次の恋を頑張れとは言ったけど、まさかこんなにもすぐに新しい恋を見つけるなんて。
しかも、よりによってその相手が楓さんとは。
失恋の傷を癒す新たな相手としては、良くないと思った。

楓さんは色んな女性と関係を持っているようだし、相手の女性は短期間でころころ変わるし、真面目にお付き合いするタイプではないのだと思う・・・・。「好き」って言葉を電話越しに軽々と相手を宥めるかのように簡単に言ってしまう人だし。

彼は、友人なら良い人だけど、恋愛の対象としては良いとは言い難い。
しかし、私は新たな恋をする対象を見つけて喜んでいる紅葉を見ると、何も言えなかった。 
        
「ねえねえ、楓さんにご飯の差し入れしてるの?さっき楓さんがそう言ってたよね」
「楓さんから食材を貰ってるから、お礼としてね。楓さんは料理苦手らしいし」
「じゃあ、私も差し入れしに行こうかな。喜ぶかな?」
「う、うん。多分」

すごい行動力だ。
彼女にとって恋とはそんなにも大きな原動力になるのだろうか。
私はそんな思いになったことがないのでわからなかった。

自分の時間を犠牲にしてまで、誰かに尽くしたいと思ったことがない。
誰かから恋愛的な意味で好かれたいという理由で行動をしたことがない。
そもそも、私は誰かを好きになったことなんてあったのだろうか・・・。

その時、何故か、頭に地元の雪景色が過ったけれど、自分ですぐに打ち消した。

紅葉の新しい恋の相談を聞きながら、彼女を駅まで送ったあと、私は食材を受け取るために、楓さんの家を訪ねた。

「はい。これ今月の分」
「毎月毎月、本当にありがとうございます」

食費が浮くのは一人暮らしの大学生にとっては、やはり大きい。

「それにしても、相変わらずフルーツとか高そうなブランド品のもの多いですよね~」
そう言うと、彼は興味のなさそうな声で「ああ」と返事をした。
「それより、菫ちゃんの友達やたらと緊張してたな」

彼は先ほど道でばったり会った時のことを言っているのだろう。

「あのとき、緊張してたのか・・・・」

私はあの呆然としている表情が緊張だったとは気づけなかった。

「緊張していて、可愛かったね~」
「ダメですよ。紅葉に手出したら・・・」

いつものふざけた調子で楓さんが言っていたので、私は訝しむような視線を彼に向ける。

「え?」
「いや、何でもないです」       

先ほどの会話の影響か、咄嗟にそんなことを口走ってしまった。
いくら親しい仲でも、そんなことを注意されて気分を悪くしない人はいないだろう。
楓さんに聞こえなかったようで安心した。

「じゃあ、これ、いただきますね。また差し入れ持ってくるんで、期待して待っていてください」

私は両手で重たい段ボールを持って、楓さんの家から出た。
そして、彼がドアノブを握ってドアを閉めようとした直前に私に言った。

「心配しないで。菫ちゃんの友達を傷つけることはしないよ。菫ちゃんに嫌われたくないしね」

聞こえていたのか・・・・。
その言葉に何か言葉を返す間もなく扉は私の目の前で閉まった。
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