白い菫が紫色に染まる時
【2017年 秋 菫 東京】~ぬくもりと支え~
【2017年 秋 菫 東京】

「お前、結婚しての知らなかったんだけど」
私の勤めている出版社で連載している期待の新人漫画家の作品が歴史的な漫画賞を受賞したお祝いで、大きな祝賀会が開かれた。
その時、その会場で、陽翔に話しかけられた。
最近はお互い忙しく、仕事場で仕事の話をする時間しかなかったので、陽翔とは今日は久しぶりに私的な話をしている気がする。

「あれ、言ってなかったけ?」
「言ってないよ。白澄から聞いて驚いたんだぞ。お前、指輪してないからてっきり」

白澄は指輪をきっかけに私が結婚していることに気づいた。
やはり「指輪」というものはそれほど結婚の象徴として認識されているということなのだろう。

「仕事の時は付けないよ」
「え、そんなもんなのか?」
「そんなもんでしょ」

今は、フォーマルな場なので指輪をしているが・・・。

「ってか、お前が結婚してること知らずに、俺めちゃくちゃ飲みに誘ってたよな。マジごめん」
「いやいや、そんなこと気にしなくて大丈夫だよ。ちゃんと、彼にも毎回連絡してたし・・・」

そんなことを話していたら、今日の主役である先生が壇上に上がってきて、スピーチを始めた。

「すごいよな。まだ十八の高校三年生だぜ」
「ほんとに。年下だけど尊敬するよね」
「俺たちが高校生の頃は、あんなにしっかりしてなかったよな」
「さあ・・・。まあ、陽翔の高校時代よりあの子の方がしっかりしてるのは確実」

私がそう言うと、お前だって俺と同じようなもんじゃねえかよと不貞腐れていた。
私が高校生の時は、一人になるのでさえ勇気のいることだった。
一人であの場所から離れることが人生のゴールのようなものだと思っていた。
それが全てだった。

今、目の前で自分の漫画がどれほどの人に支えられてこの賞を受賞したのか、その感謝を述べている少年とは全然違かった。
自分の生きたい道を選びつつも、周りの人に配慮して生きるなんてことできなかった。
輝かしい未来も何もなかった。私は本当に未熟な子どもだった。

その少年の立派なスピーチが終わり、大きな拍手を受けながら彼は壇上を降りて行った。

その日は、二次会に行かずに帰宅した。
最近、打ち合わせ続きで疲れていたので今日は帰りたい気分だった。

「ただいま・・・」

家の中が暗い。まだ蓮くんは帰宅していないようだ。
今日は何を作ろうかと冷蔵庫の中身を見ながら考えて、和食にすることにした。

その時、ラインが来た。
蓮くんからだった。内容は、残業で遅くなるから先に寝てていいよ。ご飯は家で食べるのでラップして置いといて。ということだった。

先にご飯を食べて、お風呂に入り、寝る準備を終えたころには、時刻は十一時になっていた。
蓮くんは私が遅い時間に帰ってくる時も日をまたがない限り、基本的に起きてリビングで待っていてくれる。
だから、早く寝てていいよとメッセージが送られてきたものの、私も待とうと思った。
いや、私が待ちたかったのだ。
そう決めたのはいいけれど、気持ちに体が追い付かず、ソファで目を閉じそうになったその時、ドアの開く音が聞こえた。

私はその音で目を覚まし、廊下に向かう。

「おかえり!」

私がリビングから顔を覗かせてそう言うと蓮くんは驚いているようだった。
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