【完結】魔法学院の華麗なるミスプリンス 〜婚約解消された次は、身代わりですか? はい、謹んでお受けいたします〜


 お世辞のひとつでも言ってくれるかと思いきや、沈黙するセナ。気まずそうに尋ねれば、彼は口元に手を添えて言った。

「いや、綺麗すぎて……びっくりした」
「……! あ、ありがとう……」

 セナの手がオリアーナの髪に伸びてくる。一束すくい上げるようにして撫でる彼。

「……髪、長くした?」
「セナが長い方が好きって言ってたから」
「何それ、可愛い」

 今日は、髪を一時的に伸ばす魔法をかけてもらっている。赤面して目を伏せると、ジュリエットが微笑ましそうにこちらを見ていた。

「さ、行こうか。皆広間で君が来るのを待ってる」
「……うん」

 オリアーナはセナの腕に手をかけて、控え室を出た。今日は彼にエスコートしてもらうことになっている。――新しい婚約者として。この夏の間、二人は改めて婚約を結んだのだった。

 長い回廊を歩き、夜会の会場の広間に着く。待機している衛兵が扉を開き、広間から盛れるシャンデリアの光に目を眇めた。

「あのお方が、新しい聖女様……」
「おお、なんと美しい……」
「アーネル公爵家でひどい仕打ちを受けていたそうよ。出来損ないと言われていたとか」
「両親と縁を切るために、親戚の養子になったらしいわ」
「苦労人なのねぇ」

 ひそひそと噂をする声を聞きながら、広間の中を歩く。
 オーケストラがゆったりとしたワルツを演奏している。踊りを楽しんでいた人も、ソファで談笑していた人も、誰もがオリアーナの洗練された美貌とオーラに圧倒されている。
 オリアーナは堂々とした所作で、片足を引き、スカートを摘んで一礼した。

「今日は私のためにお集まりいただきありがとうございます。オリアーナ・ガードルです。聖女として、皆様とともにこの国の民のために貢献したいと思っております。どうぞよろしく」

 にこりと微笑みを浮かべれば、おお……と感嘆の息がそこかしこから漏れた。オリアーナをうっとりと眺める者の中には、元婚約者のレックスの姿があった。

 彼はまっすぐにオリアーナの前にやって来た。

「やぁ、久しぶり。オリアーナ」
「……レックス様」
「すごく綺麗だ。見違えるようだ」
「えっと……どうも」

 彼の目は熱を帯びていて、一歩後ずさる。

「照れなくていい。僕のために綺麗にしてくれたんだろう?」
「……は?」

 突拍子もない発言に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするオリアーナ。なぜレックスのために? 頭の中が疑問符でいっぱいになる。

「僕とやり直したいから、女らしさを勉強したんだろう。分かってるよ」

 この人は一体、何を言っているのだろう。話があまりにも飛躍していて、返す言葉が見つからない。未練どころか、端から彼に対する愛情はなかったのに。
 セナの方を見上げれば、彼も呆れた顔をしている。セナはオリアーナの腰をわざとらしく抱き寄せて、レックスを牽制した。

「まだ自分のものかのように思っているようだけど、今のオリアーナの婚約者は俺だ」
「立場はそうでしょう。でも、彼女の気持ちはどうかな?」

 どうかなも何も、少なくともレックスにだけはないことは確かである。含みのある表情でこちらをちらちら見てくるが、勘弁してほしい。

(参ったな……)
< 134 / 138 >

この作品をシェア

pagetop