この恋の化学反応式
その日以降、お母さんや学校の先生に自己採点の結果を褒めてもらったのにも関わらず、私は完全に勉強する気を無くしていた。

勉強しようと机に向かっても先生と解いた問題を見ると涙が込み上げてくる。

(橘先生に一番最初に教えたかった。橘先生に、褒めて欲しかった、、)

成績が伸び悩んで落ち込んでいた時でも、こんなに長い間勉強しない日はなかった。

先生の顔や声、柔らかそうな茶色の髪を思い出す度に、鼻の奥がツンとする。

塾長に、橘先生が急にバイトを辞めた理由を聞いたけれど、「個人情報だから」と教えてはもらえなかった。

塾に忘れていた1番使った参考書はまだカバンに放り込んだまま。

先生のことをモロに思い出しそうだから。

このままじゃダメだと思うのに手が動かない。
受験まで時間はもうあまりないのに。

「なんで、、?」

模試の前日のことを思い出す。
私は何か変なことを言っただろうか。
先生に嫌われるようなことをしてしまっただろうか。

考えても考えても、答えは出ないままだった。

先生がいなくなって1週間が経ったその日、私はふと、カバンに入れっぱなしだった参考書を引っ張り出した。

先生との思い出の品が、これくらいしか無かったから。

何度も読み込んだせいでボロボロになったその表紙を撫で、パラパラと参考書をめくる。

先生が授業で話してくれた豆知識のメモや、先生の描いた下手くそなキャラクターがページの隅っこにいくつもあった。
それを見て私はまた涙が出てくる。

零れた涙を拭いながらそれでも参考書を捲っていると、ふと何かが挟まっているのに気がついた。

炎色反応のページだ。
ここは何もメモするようなことは無かったはずだけど、、、。

不思議に思い、挟まれている紙を手に取る。
恐る恐る広げてみると、それはシンプルな便箋だった。

見覚えのある字が目に入る。
筆圧が強くて、角張った大きな字。

『有川へ』

差出人は書かれていなかったけど、ひと目で橘先生だと分かった。

息を飲んで、私は手紙の続きに目を走らせた。
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