ブラックコーヒーに角砂糖一つ
そのまま朝が来て俺はぼんやりと居間の椅子に座った。 「おはようございます。」
そこへ妻が入ってきた。 とはいっても、これといって話すことは無い。
妻が考えていることはだいたい分かっている。 会社のことで心配をしているのだろう。
でも敢えて口にすることでもないと思っているらしい。 話したところで事が動くわけも無い。
黙ったまま朝食を作り、黙ったままそれを食べる。 そして黙ったまま食器を洗う。
喧嘩しているわけでもないのに静かな朝である。 以前ならあれやこれやとつまらない話をしていたのだが、、、。
妻はそのまま自分の部屋へ入ってしまった。 この頃は内職をしているらしい。
どんな仕事かは聞いていない。 いいと思って始めたのだろうから。
俺はというと自分の部屋に入っても気が滅入るだけだからここに居る。 ぼんやりとテレビを見ているのだ。
土曜日ともなれば面白い番組はやってない。 それでも無音で居るよりはいい。
隅っこには仏壇が置いてある。 いつもいつもご飯と水だけは欠かさないようにしている。
和子が腹を空かしては可哀そうだからね。 扉を開けると笑っている和子の遺影が飾ってあるんだ。
あれは中学生の時だったかなあ、、、。 あいつは水泳部だった。
いつもいつもクロールだ、バタフライだって練習してたっけ。 夢はオリンピック選手だったな。
でも和子は体が弱かった。 万年風邪ひきだって言われるくらいに弱かった。
だから高校生になって水泳を諦めたんだ。 んで放送部に入った。
読み聞かせにはいい声だって先生に言われて朗読もやってたんだよな。 俺も聞いたことが有る。
聞きながら寝てしまってコーヒーをこぼして妻に死ぬほど笑われたっけなあ。
あの頃が一番幸せだったな。
そんな和子は大学の文学部へ進んだ。 そして新卒で俺の会社に雇ったんだ。
秘書室長の田村真理子にはたいそうに可愛がられていた。 だから和子が死んだ時には真理子も自殺しそうなくらいに落ち込んでた。
その頃から会社は傾いていったんだ。 販売ルートは見る見るうちに侵食されていった。
銀行はそのたびに助けてくれたよ。 でももう限界だろうな。
返しては借り入れ、また返しては借り入れ、それを繰り返してきたんだから。
ニュースの時間になった。 何処かの役所で談合事件が起きているらしい。
よくやるよなあ。 俺たちは談合したくても相手が居ないんだぞ。
変なのに引っかかると会社ごと持っていかれるからな。 危ない時だって有ったよ。
買い抜けされるところで銀行に助けられたんだ。 寿命が縮む思いだった。
さて昼だ。 食べる気はしないから散歩にでも出ようか。
普段着姿で外へ出る。 久しぶりだなあ。
忙しい時には水曜日も日曜日も無かったよ。 接待やら商談やらで飛び回ってたから。
今はそれも無くなったね。 散歩するのがいいところ。
古くからやっている床屋が有る。 その隣は新しいペットショップだ。
んで昭和の空気をそのまま伝えてくれる喫茶店が有る。 その隣は駐車場になっている。
少し前まではじいさんが見回りをしていたのに、最近では誰も見ないな。
安い駐車場が出来たからみんながそっちに止めるようになったんだろう。
時代の流れかな? ブラブラ歩いているといろんな景色が見えてくる。
会社が傾き始めた時、ここが潮時だとも思ったよ。 でも辞められなかった。
社員が居るんだから。 会社が無くなればみんなが困ってしまう。
廃業を考えた時、和子が泣いてるような気がして動けなかったんだ。 バカな親だね。
でもさ、妻だって何も言わないけれどそれを良しとはしなかった。 社員だったからね。
妻は事務員で雇っていたんだ。 外回りが多かったから。
それで俺の留守を頼んでおいたんだ。 そして結婚した。
社内ではほんとに目立たない人だった。 部長たちが飲みに誘っても付いていくことは無かったな。
通りを歩いてみる。 潰れたラーメン屋の看板が今も雨に濡れている。 真っ赤に錆びてしまって今にも崩れそうだ。
隣には乗り捨てられた自転車が何台も放置されている。 役所に言っても片付けには来ないらしい。
その隣は小さな公園だ。 今では珍しい箱ブランコが朽ちたまま放置されている。
「ここも変わらないなあ。」 道路だっていつ鋪装したのか分からないくらいにガタガタだ。
そのくせ、新しいカーブミラーが立っている。 何もかも不釣り合いなんだよ。
汽車が走っている。 電化される話も有ったんだが、利用客が少ないからって見送られたらしい。
そうだろうなあ、ベッドタウン計画も頓挫してしまって人口がどんどん減ってるんだもん。 しょうがないさ。
川が見えてきた。 数年前、女子高生が飛び込んだ川だ。
あの時は珍しいくらいの大騒ぎだったなあ。 「なんで飛び込んだんだ?」ってマスコミが嗅ぎ回ってたっけ。
結局はさ、失恋したのと虐められてたので失望して飛び込んだんだったよな。 死にはしなかったみたいだけど、相当なショックを受けていたらしい。
そりゃそうなるよ。 死にたくて飛び込んだのに死ねなかっただけじゃなく、マスコミにも嫌というほど嗅ぎ回られたんだからね。
あの子はどうしてるんだろう? 確か、父親は教育委員会の関係者だったような、、、。
のんびりと歩き回るのもいいもんだね。 時代の風を感じるよ。
この町が作られたのは明治時代だ。 それまでは宿場だった。
でも大名なんかが泊まるような宿場じゃなかったんだ。 通りすがりに泊まるような町だった。
大して有名所も無いし、名産も無い。 気付かれないくらいに小さな町だったんだよ。
だからかな、大東亜戦争の時には目標にもされず、疎開地にもされなかった。
それが縄文遺跡が出たものだから大騒ぎになって、一躍有名になったんだ。
でもそれだって発掘がほとんど終わってしまうと波が引くように静まり返ってしまった。 んで再開発の話も出たんだが、、、。
この川には橋が架かっている。 え? 何処だって架かってるだろうって?
それはそうなんだが、ここの橋は大雨が降り続いてやっと架けられたんだ。 それまでは無かったんだよ。
下流のほうに大きな橋が架かってるからみんなはそっちを渡ってたんだ。
でもその橋が流されちまった。 それで要望を出して架けてもらったんだよ。
それこそマスコミは食いついてきたね。 誰かの利権じゃないのかって。
いちいち、馬鹿みたいにうるさいんだよ。 自分たちが失敗した時には謝りもしないくせにさ、、、。
事実、あんたらが騒いだおかげで問題の無かった町長が自殺したじゃないか。 あの責任はどうするのかね?
うちの会社もさんざんに叩かれまくったもんだ。 最近こそ来なくなったがね。
もうすぐ廃業するからいいだろうと思ってるんだろう? 人情もくそも無いなあ。
川沿いを歩いていると子供の頃を思い出すねえ。 あの頃は夕日がきれいだった。
今はどっかくすんでしまってきれいだとは思えない。 朝焼けだってきれいだったよなあ。
遠くには山も見える。 緑に溢れた山だった。
それがどうだい。 開発だとか何だとか都合のいいことを言って家をたくさん建ててしまった。
おまけに自分らの都合を優先して切通まで作ってしまった。
おかげでさあ、災害危険区域が広がってしまったじゃないか。 どうしてくれるんだ?
川を反れたら廃工場が見えてくる。 足場なんかを作っていた工場だ。
知らない間に廃業してたな。 この近くはトラックも多かった。
(よく事故らないな。)って感心してたんだよ。 工場長のおっさんとはよく飲み屋で一緒になったっけ。
悪い人じゃなかったから話すのも好きだったなあ。
その跡地は晒されたまんまだ。 鉄板なんかもいくつか置き去りにされている。
よくね、幽霊が出るってテレビにも騒がれたけど、そんなことは無いんだよ。 いい迷惑だ。
そのせいか、今でも探りに来る霊能者やユーチューバーが居る。
さてさて、ぐるりと回って家へ帰ってきたよ。 2時間くらいは歩いてたのかな。
妻は買い物にでも出掛けたらしい。 俺は部屋に戻ってきた。
そこへ妻が入ってきた。 とはいっても、これといって話すことは無い。
妻が考えていることはだいたい分かっている。 会社のことで心配をしているのだろう。
でも敢えて口にすることでもないと思っているらしい。 話したところで事が動くわけも無い。
黙ったまま朝食を作り、黙ったままそれを食べる。 そして黙ったまま食器を洗う。
喧嘩しているわけでもないのに静かな朝である。 以前ならあれやこれやとつまらない話をしていたのだが、、、。
妻はそのまま自分の部屋へ入ってしまった。 この頃は内職をしているらしい。
どんな仕事かは聞いていない。 いいと思って始めたのだろうから。
俺はというと自分の部屋に入っても気が滅入るだけだからここに居る。 ぼんやりとテレビを見ているのだ。
土曜日ともなれば面白い番組はやってない。 それでも無音で居るよりはいい。
隅っこには仏壇が置いてある。 いつもいつもご飯と水だけは欠かさないようにしている。
和子が腹を空かしては可哀そうだからね。 扉を開けると笑っている和子の遺影が飾ってあるんだ。
あれは中学生の時だったかなあ、、、。 あいつは水泳部だった。
いつもいつもクロールだ、バタフライだって練習してたっけ。 夢はオリンピック選手だったな。
でも和子は体が弱かった。 万年風邪ひきだって言われるくらいに弱かった。
だから高校生になって水泳を諦めたんだ。 んで放送部に入った。
読み聞かせにはいい声だって先生に言われて朗読もやってたんだよな。 俺も聞いたことが有る。
聞きながら寝てしまってコーヒーをこぼして妻に死ぬほど笑われたっけなあ。
あの頃が一番幸せだったな。
そんな和子は大学の文学部へ進んだ。 そして新卒で俺の会社に雇ったんだ。
秘書室長の田村真理子にはたいそうに可愛がられていた。 だから和子が死んだ時には真理子も自殺しそうなくらいに落ち込んでた。
その頃から会社は傾いていったんだ。 販売ルートは見る見るうちに侵食されていった。
銀行はそのたびに助けてくれたよ。 でももう限界だろうな。
返しては借り入れ、また返しては借り入れ、それを繰り返してきたんだから。
ニュースの時間になった。 何処かの役所で談合事件が起きているらしい。
よくやるよなあ。 俺たちは談合したくても相手が居ないんだぞ。
変なのに引っかかると会社ごと持っていかれるからな。 危ない時だって有ったよ。
買い抜けされるところで銀行に助けられたんだ。 寿命が縮む思いだった。
さて昼だ。 食べる気はしないから散歩にでも出ようか。
普段着姿で外へ出る。 久しぶりだなあ。
忙しい時には水曜日も日曜日も無かったよ。 接待やら商談やらで飛び回ってたから。
今はそれも無くなったね。 散歩するのがいいところ。
古くからやっている床屋が有る。 その隣は新しいペットショップだ。
んで昭和の空気をそのまま伝えてくれる喫茶店が有る。 その隣は駐車場になっている。
少し前まではじいさんが見回りをしていたのに、最近では誰も見ないな。
安い駐車場が出来たからみんながそっちに止めるようになったんだろう。
時代の流れかな? ブラブラ歩いているといろんな景色が見えてくる。
会社が傾き始めた時、ここが潮時だとも思ったよ。 でも辞められなかった。
社員が居るんだから。 会社が無くなればみんなが困ってしまう。
廃業を考えた時、和子が泣いてるような気がして動けなかったんだ。 バカな親だね。
でもさ、妻だって何も言わないけれどそれを良しとはしなかった。 社員だったからね。
妻は事務員で雇っていたんだ。 外回りが多かったから。
それで俺の留守を頼んでおいたんだ。 そして結婚した。
社内ではほんとに目立たない人だった。 部長たちが飲みに誘っても付いていくことは無かったな。
通りを歩いてみる。 潰れたラーメン屋の看板が今も雨に濡れている。 真っ赤に錆びてしまって今にも崩れそうだ。
隣には乗り捨てられた自転車が何台も放置されている。 役所に言っても片付けには来ないらしい。
その隣は小さな公園だ。 今では珍しい箱ブランコが朽ちたまま放置されている。
「ここも変わらないなあ。」 道路だっていつ鋪装したのか分からないくらいにガタガタだ。
そのくせ、新しいカーブミラーが立っている。 何もかも不釣り合いなんだよ。
汽車が走っている。 電化される話も有ったんだが、利用客が少ないからって見送られたらしい。
そうだろうなあ、ベッドタウン計画も頓挫してしまって人口がどんどん減ってるんだもん。 しょうがないさ。
川が見えてきた。 数年前、女子高生が飛び込んだ川だ。
あの時は珍しいくらいの大騒ぎだったなあ。 「なんで飛び込んだんだ?」ってマスコミが嗅ぎ回ってたっけ。
結局はさ、失恋したのと虐められてたので失望して飛び込んだんだったよな。 死にはしなかったみたいだけど、相当なショックを受けていたらしい。
そりゃそうなるよ。 死にたくて飛び込んだのに死ねなかっただけじゃなく、マスコミにも嫌というほど嗅ぎ回られたんだからね。
あの子はどうしてるんだろう? 確か、父親は教育委員会の関係者だったような、、、。
のんびりと歩き回るのもいいもんだね。 時代の風を感じるよ。
この町が作られたのは明治時代だ。 それまでは宿場だった。
でも大名なんかが泊まるような宿場じゃなかったんだ。 通りすがりに泊まるような町だった。
大して有名所も無いし、名産も無い。 気付かれないくらいに小さな町だったんだよ。
だからかな、大東亜戦争の時には目標にもされず、疎開地にもされなかった。
それが縄文遺跡が出たものだから大騒ぎになって、一躍有名になったんだ。
でもそれだって発掘がほとんど終わってしまうと波が引くように静まり返ってしまった。 んで再開発の話も出たんだが、、、。
この川には橋が架かっている。 え? 何処だって架かってるだろうって?
それはそうなんだが、ここの橋は大雨が降り続いてやっと架けられたんだ。 それまでは無かったんだよ。
下流のほうに大きな橋が架かってるからみんなはそっちを渡ってたんだ。
でもその橋が流されちまった。 それで要望を出して架けてもらったんだよ。
それこそマスコミは食いついてきたね。 誰かの利権じゃないのかって。
いちいち、馬鹿みたいにうるさいんだよ。 自分たちが失敗した時には謝りもしないくせにさ、、、。
事実、あんたらが騒いだおかげで問題の無かった町長が自殺したじゃないか。 あの責任はどうするのかね?
うちの会社もさんざんに叩かれまくったもんだ。 最近こそ来なくなったがね。
もうすぐ廃業するからいいだろうと思ってるんだろう? 人情もくそも無いなあ。
川沿いを歩いていると子供の頃を思い出すねえ。 あの頃は夕日がきれいだった。
今はどっかくすんでしまってきれいだとは思えない。 朝焼けだってきれいだったよなあ。
遠くには山も見える。 緑に溢れた山だった。
それがどうだい。 開発だとか何だとか都合のいいことを言って家をたくさん建ててしまった。
おまけに自分らの都合を優先して切通まで作ってしまった。
おかげでさあ、災害危険区域が広がってしまったじゃないか。 どうしてくれるんだ?
川を反れたら廃工場が見えてくる。 足場なんかを作っていた工場だ。
知らない間に廃業してたな。 この近くはトラックも多かった。
(よく事故らないな。)って感心してたんだよ。 工場長のおっさんとはよく飲み屋で一緒になったっけ。
悪い人じゃなかったから話すのも好きだったなあ。
その跡地は晒されたまんまだ。 鉄板なんかもいくつか置き去りにされている。
よくね、幽霊が出るってテレビにも騒がれたけど、そんなことは無いんだよ。 いい迷惑だ。
そのせいか、今でも探りに来る霊能者やユーチューバーが居る。
さてさて、ぐるりと回って家へ帰ってきたよ。 2時間くらいは歩いてたのかな。
妻は買い物にでも出掛けたらしい。 俺は部屋に戻ってきた。