ブラックコーヒーに角砂糖一つ
昔はこれでも暇な時には絵を描いていたんだ。 出展できるほど上手くはないがね。
一応、今でもスケッチブックは置いてあるんだ。 時々下書きくらいはするんだよ。
和子が笑っている絵も描いた。 なんとなく初恋の人に似てるなって思ったけど、、、。
中学生の時だったな。 同じクラスに美人じゃないけど好きな女の子が居た。
確か名前は木下優子だったか、、、。
ラブレターも書いたんだよ。 照れくさそうに「いいよ。」って言ってくれた。
でもその子はね、病気だった。 拡張型心筋症だった。
お母さんたちは移植を願っていたらしいけど、優子はそれを断ったんだ。
「精一杯生きれば分かってくれるでしょう?」ってね。
周りからは批判だって有ったさ。 「善意を無駄にする気か!」って。
でも優子は頑なに拒み続けた。 そして最後の日、、、。」
「会えて嬉しかった。 ずっと好きだからね。」って言って死んでいったんだ。
それからしばらく恋なんてしないって決めて突っ張ってた。 そして今の嫁さんと出会うんだ。
しばらくは悩んで寝れなかったよ。 (優子が見ていたらどうしよう?)って思ってさ。
決心が付いたのは彼女が妊娠した時だった。 「あなたの子供を授かりました。」
そう言われて結婚を決意したんだ。 でも、、、。
気持ちが沈みかけている時に妻が帰ってきた。 「誰も来なかった?」
「みたいだね。」 「そっか。 明日は出掛けますから。」
「あいよ。」 「あなたもたまには出掛けたら?」
「さっき出掛けてきたよ。」 「それは散歩でしょう? サークルとか習い事とか、、、。」
「暇になったら考えるよ。」 「今だって暇じゃないの。」
妻 聡子はブツブツ言いながら食堂へ入っていった。 「サークルねえ、、、。」
聡子はいつからか茶道のサークルに通っていた。 友達に誘われたんだそうだ。
「気分転換になるわよ。」 そう言われてハッとしたんだとか、、、。
そりゃねえ、会社がごたごた続きなんだもん。 まいっちゃうよなあ。
でもさあ、俺にはこれと言ってピンと来る物が無いんだよ。
写真にも興味を持ってやってはみたけど長続きしなかったし、日用大工はどうもね、、、。
それでたまに一人オセロをやったりする。 でも相手が居ないと面白くない。
たまに商店街にも行くからゲーム喫茶も覗いたりはしたけど、性に合わなくて入ったことが無い。
元来、仕事バカって言われるくらいに仕事しか頭には無いんだ。
聡子には「おしゃれでもしたら?」ってよく言われたけどブランドには興味なんて無いし、、、。
「ブランドだけがおしゃれじゃないのよ。」とも言われたけれど、着こなしのセンスなんてまるで無い。
「私はこれでもファーストレディーなんですからね。 少しは気を使ってくださいよ。」 そこまで言われてもダメだった。
そんな俺でも取引の商談が有る日には聡子が用意したすっきりした背広を着て行ったんだっけな。
5時を過ぎた。 俺はまた仏壇に飾ってある和子の写真に手を合わせた。
食堂のほうから煮物の匂いがする。 以前は揚げ物が多かったのに、、、。
「あなたもおじさんなんだから、少しは考えましょうね。」 まるで看護師みたいなことを言う。
取り合えず会社の健康診断では問題らしい問題が見付からないのだが、妻の言うとおりにしておこうか。
和子が死んで以来、妻は俺の健康に特段の注意を払うようになった。 「あなたまで病気で死んでは申し訳ないから。」と言うのである。
「人間なんていつかは必ず死ぬんだよ。 死にたくなくても死ぬんだよ。 いいじゃないか。」 「そう言いますけどねえ、まだまだ働いてもらわないと困るんですよ。」
「何で?」 「家の中でゴロゴロされたくはないから。」
「何だ、それだけか。」 「それだけか、、、じゃないですよ。 閉じこもりは体に悪いんですからね。」
ということで、なぜか知らないがサイクリングロードで仲間たちと一緒に走ることになってしまった。
「初めてだからねえ、いきなり長距離なんてやらないで散歩しましょうか。」 トレーナーをやっている片桐陽介が声を掛けてくる。
彼は陸上選手のトレーナーをやっていて柔軟とかストレッチとかとにかく体を動かすことにうるさい。 「最初はゆっくり動かしましょう。 事務仕事ばかりやってる人は体が固いから。」
「そうなんだよ。 椅子に座ってるから肩が凝っちゃってねえ。」 「じゃあ、揉んであげますよ 斎藤さん。」
50を越えたおじさんとおばさんばかりの集団はサイクリングコースで互いの肩を揉みながら和んでいる。
「暑くもないし寒くもない。 これくらいがちょうどいいねえ。」 「そうですね。 もうちょっと寒くても良かったかも。」
「これ以上寒くちゃ適わんよ。」 「同意する。」
「やっぱり、おじさんだわ。」 「なぬ? 君だって立派なおばさんじゃないか。」
「ええ。 そうですよ。 それが何か?」 「まいったなあ。 そう返されたら何も言えないよ。」
あれやこれやと話しながら河川敷を歩いていく。 久しぶりのジャージ姿もいいもんだな。
「ここも変わっちまったなあ。 昔は草ぼうぼうで何処が何処やら分からなかったぞ。」 「そうだ。 分からないからっていい気になって絡んでたやつも居たよなあ。」
「絡む?」 「そう。 男と女がさ。」
「まあ、いやらしい。」 「そういうあんただって絡みたいって思ってるだろう?」
「思ってません。」 「やっぱりおばさんだ。 おばさんはそういう風にごまかすんだよ。」
みんなは賑やかに話しながら歩いていく。 俺は橋の下に何かが倒れているのを見付けた。
薄暗くてはっきりとは見えないのだが、、、。 (あれは何だろう?)
サイクリングコースを歩き通してみんなが解散した後、俺は橋の下へ行ってみた。
古ぼけた自転車が無造作に置いてある。 もう何年も前の物らしい。
「この錆び方はめちゃくちゃだなあ。 誰がこれを放置したんだ?」
自転車を避けてみると、ジャンバーのような物が転がり出てきた。
「こんな所にジャンバーが、、、?」 その下にはダンボールが何枚も重ねてある。
「すげえ臭いだな、何だこりゃ?」 ダンボールを避けてみると女らしい腕が出てきた。
「殺人事件か、、、。」 とはいっても最近、行方不明になった話は聞いたことが無い。
だとするならば何年も前の事件なのか? 俺は鉄砲玉みたいに交番に飛び込んだ。
「そうなんですか。 じゃあ後で調べておきますね。」 煙草を吹かしながら呑気に答える巡査に俺はもう一度話を押し込んだ。
「殺人事件ですよ。 何とも思わないんですか?」 「後で調べておきますからね。」
最近、この町に転属になった巡査らしい。 無神経というのか何というのか、その態度はとても受け入れられたものではない。
さっきの場所へ戻ってみる。 ダンボールが風で捲れたのだろうか。
女の上半身が露になっていた。 (やっぱり殺されたんだな。 しかし誰なんだろう?)
長髪の女といえば会社にも何人か居る。 辞職した女だって居る。
(でもな、、、花のブローチなんてしてたっけか?) 僅かに差し込む日差しに大きな花のブローチが輝いたんだ。
そこへ警官たちがドヤドヤットやってきた。 「死体が見付かったのはここですか?」
「そうだよ。 散歩してたら何かが光ったから見に来たらこうなってたんだ。」 「よし。 掘り返そう。」
警官たちは草やダンボールを避けながら辺りを掘っていく。 「こいつは若いなあ。 しかも外人だ。」
「外人?」 「そうです。 最近はこの近辺でもアジア系の外人が増えてましてね。 外人目当ての事件も多いんですよ。」
「タンカ持って来い!」 「あいよ。」
「遺留品はそんなに無いなあ。 目立つのはこの自転車だ。」 「そうだ。 これを調べれば何年前の事件高分かるだろう。」
あれだけ草ぼうぼうだったのに、あっという間に更地にされてしまって死体も警官たちも帰ってしまった。
俺は何だか静かに眠っていた仏さんを叩き起こしたような変な気分になってしまった。
一応、今でもスケッチブックは置いてあるんだ。 時々下書きくらいはするんだよ。
和子が笑っている絵も描いた。 なんとなく初恋の人に似てるなって思ったけど、、、。
中学生の時だったな。 同じクラスに美人じゃないけど好きな女の子が居た。
確か名前は木下優子だったか、、、。
ラブレターも書いたんだよ。 照れくさそうに「いいよ。」って言ってくれた。
でもその子はね、病気だった。 拡張型心筋症だった。
お母さんたちは移植を願っていたらしいけど、優子はそれを断ったんだ。
「精一杯生きれば分かってくれるでしょう?」ってね。
周りからは批判だって有ったさ。 「善意を無駄にする気か!」って。
でも優子は頑なに拒み続けた。 そして最後の日、、、。」
「会えて嬉しかった。 ずっと好きだからね。」って言って死んでいったんだ。
それからしばらく恋なんてしないって決めて突っ張ってた。 そして今の嫁さんと出会うんだ。
しばらくは悩んで寝れなかったよ。 (優子が見ていたらどうしよう?)って思ってさ。
決心が付いたのは彼女が妊娠した時だった。 「あなたの子供を授かりました。」
そう言われて結婚を決意したんだ。 でも、、、。
気持ちが沈みかけている時に妻が帰ってきた。 「誰も来なかった?」
「みたいだね。」 「そっか。 明日は出掛けますから。」
「あいよ。」 「あなたもたまには出掛けたら?」
「さっき出掛けてきたよ。」 「それは散歩でしょう? サークルとか習い事とか、、、。」
「暇になったら考えるよ。」 「今だって暇じゃないの。」
妻 聡子はブツブツ言いながら食堂へ入っていった。 「サークルねえ、、、。」
聡子はいつからか茶道のサークルに通っていた。 友達に誘われたんだそうだ。
「気分転換になるわよ。」 そう言われてハッとしたんだとか、、、。
そりゃねえ、会社がごたごた続きなんだもん。 まいっちゃうよなあ。
でもさあ、俺にはこれと言ってピンと来る物が無いんだよ。
写真にも興味を持ってやってはみたけど長続きしなかったし、日用大工はどうもね、、、。
それでたまに一人オセロをやったりする。 でも相手が居ないと面白くない。
たまに商店街にも行くからゲーム喫茶も覗いたりはしたけど、性に合わなくて入ったことが無い。
元来、仕事バカって言われるくらいに仕事しか頭には無いんだ。
聡子には「おしゃれでもしたら?」ってよく言われたけどブランドには興味なんて無いし、、、。
「ブランドだけがおしゃれじゃないのよ。」とも言われたけれど、着こなしのセンスなんてまるで無い。
「私はこれでもファーストレディーなんですからね。 少しは気を使ってくださいよ。」 そこまで言われてもダメだった。
そんな俺でも取引の商談が有る日には聡子が用意したすっきりした背広を着て行ったんだっけな。
5時を過ぎた。 俺はまた仏壇に飾ってある和子の写真に手を合わせた。
食堂のほうから煮物の匂いがする。 以前は揚げ物が多かったのに、、、。
「あなたもおじさんなんだから、少しは考えましょうね。」 まるで看護師みたいなことを言う。
取り合えず会社の健康診断では問題らしい問題が見付からないのだが、妻の言うとおりにしておこうか。
和子が死んで以来、妻は俺の健康に特段の注意を払うようになった。 「あなたまで病気で死んでは申し訳ないから。」と言うのである。
「人間なんていつかは必ず死ぬんだよ。 死にたくなくても死ぬんだよ。 いいじゃないか。」 「そう言いますけどねえ、まだまだ働いてもらわないと困るんですよ。」
「何で?」 「家の中でゴロゴロされたくはないから。」
「何だ、それだけか。」 「それだけか、、、じゃないですよ。 閉じこもりは体に悪いんですからね。」
ということで、なぜか知らないがサイクリングロードで仲間たちと一緒に走ることになってしまった。
「初めてだからねえ、いきなり長距離なんてやらないで散歩しましょうか。」 トレーナーをやっている片桐陽介が声を掛けてくる。
彼は陸上選手のトレーナーをやっていて柔軟とかストレッチとかとにかく体を動かすことにうるさい。 「最初はゆっくり動かしましょう。 事務仕事ばかりやってる人は体が固いから。」
「そうなんだよ。 椅子に座ってるから肩が凝っちゃってねえ。」 「じゃあ、揉んであげますよ 斎藤さん。」
50を越えたおじさんとおばさんばかりの集団はサイクリングコースで互いの肩を揉みながら和んでいる。
「暑くもないし寒くもない。 これくらいがちょうどいいねえ。」 「そうですね。 もうちょっと寒くても良かったかも。」
「これ以上寒くちゃ適わんよ。」 「同意する。」
「やっぱり、おじさんだわ。」 「なぬ? 君だって立派なおばさんじゃないか。」
「ええ。 そうですよ。 それが何か?」 「まいったなあ。 そう返されたら何も言えないよ。」
あれやこれやと話しながら河川敷を歩いていく。 久しぶりのジャージ姿もいいもんだな。
「ここも変わっちまったなあ。 昔は草ぼうぼうで何処が何処やら分からなかったぞ。」 「そうだ。 分からないからっていい気になって絡んでたやつも居たよなあ。」
「絡む?」 「そう。 男と女がさ。」
「まあ、いやらしい。」 「そういうあんただって絡みたいって思ってるだろう?」
「思ってません。」 「やっぱりおばさんだ。 おばさんはそういう風にごまかすんだよ。」
みんなは賑やかに話しながら歩いていく。 俺は橋の下に何かが倒れているのを見付けた。
薄暗くてはっきりとは見えないのだが、、、。 (あれは何だろう?)
サイクリングコースを歩き通してみんなが解散した後、俺は橋の下へ行ってみた。
古ぼけた自転車が無造作に置いてある。 もう何年も前の物らしい。
「この錆び方はめちゃくちゃだなあ。 誰がこれを放置したんだ?」
自転車を避けてみると、ジャンバーのような物が転がり出てきた。
「こんな所にジャンバーが、、、?」 その下にはダンボールが何枚も重ねてある。
「すげえ臭いだな、何だこりゃ?」 ダンボールを避けてみると女らしい腕が出てきた。
「殺人事件か、、、。」 とはいっても最近、行方不明になった話は聞いたことが無い。
だとするならば何年も前の事件なのか? 俺は鉄砲玉みたいに交番に飛び込んだ。
「そうなんですか。 じゃあ後で調べておきますね。」 煙草を吹かしながら呑気に答える巡査に俺はもう一度話を押し込んだ。
「殺人事件ですよ。 何とも思わないんですか?」 「後で調べておきますからね。」
最近、この町に転属になった巡査らしい。 無神経というのか何というのか、その態度はとても受け入れられたものではない。
さっきの場所へ戻ってみる。 ダンボールが風で捲れたのだろうか。
女の上半身が露になっていた。 (やっぱり殺されたんだな。 しかし誰なんだろう?)
長髪の女といえば会社にも何人か居る。 辞職した女だって居る。
(でもな、、、花のブローチなんてしてたっけか?) 僅かに差し込む日差しに大きな花のブローチが輝いたんだ。
そこへ警官たちがドヤドヤットやってきた。 「死体が見付かったのはここですか?」
「そうだよ。 散歩してたら何かが光ったから見に来たらこうなってたんだ。」 「よし。 掘り返そう。」
警官たちは草やダンボールを避けながら辺りを掘っていく。 「こいつは若いなあ。 しかも外人だ。」
「外人?」 「そうです。 最近はこの近辺でもアジア系の外人が増えてましてね。 外人目当ての事件も多いんですよ。」
「タンカ持って来い!」 「あいよ。」
「遺留品はそんなに無いなあ。 目立つのはこの自転車だ。」 「そうだ。 これを調べれば何年前の事件高分かるだろう。」
あれだけ草ぼうぼうだったのに、あっという間に更地にされてしまって死体も警官たちも帰ってしまった。
俺は何だか静かに眠っていた仏さんを叩き起こしたような変な気分になってしまった。