魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される2

ユスターク伯爵

 ユスターク伯爵邸は、元々は城塞だった。過去の大戦において使われることのなかった城塞を、そのまま屋敷として利用しているのがユスターク伯爵家だ。
 城塞の門を潜り、セシリアスタは屋敷へと入る。エドワースは来るのは二度目となるが、やはり静かすぎると思えた。
《セシル、気を付けろよ》
《……わかっているさ》
 口元を最小限にしか動かさず独り言のように言葉を発する。風魔法を使い、その声を互いに伝え合った。
 屋敷の門が開かれ、ゆっくりと、屋内に入っていった。

「よくいらした。ユグドラス公爵」
「ああ、久しいな。ユスターク伯爵」
 白髪頭で青目のこの老紳士が、アイゼン・ユスターク伯爵だ。ユスターク伯爵は客間に自ら案内し、椅子に腰を下ろした。続けて、セシリアスタも向かいの椅子に腰を下ろす。
「して、用件とはなにかな? わざわざ魔導公爵が直々に来たと言うことは、こちらの要望を飲んでくれたのかね」
「その件は何度もお断りしている筈だ」
 はっきりと断るセシリアスタに、アイゼンは目を細め言葉を続けた。
「呪具師は一子相伝だ。その能力を受け継ぐ子を欲しはしないのかね」
「私は既に妻がいる」
「その奥方だが、私の息子が気に入ってしまってね……」
 やれやれとわざと肩を落とす素振りをするアイゼンに、セシリアスタは眉間に皺が寄る。
「……何が言いたい」
「なに。簡単だよ。その娘を息子に譲って欲しい。新たな妻に私の娘のビビアナを迎えれば全て解決するだろう」
 その言葉に、セシリアスタの表情がなくなった。無表情となったセシリアスタに、なおも言葉を続けるアイゼン。
「私は一子相伝の呪術を絶やす訳にはいかないのだよ。その為には、より大きな魔力(オド)を持つものとの婚姻が必要不可欠だ。君には魔導公爵になった時から何度も娘を迎え入れるようにと言ったはずだ。だが、君が選んだのは『不良品』と名高い娘だ。それでは生まれてくる子が不憫でならない」
 紅茶を一口飲み、再び言葉を続ける。
「その娘を私の息子に譲りなさい。そして、ビビアナを妻にするんだ。それが、君の為にもなる」
 アイゼンが言い終えると、暫くの沈黙が流れた。そして、ゆっくりとセシリアスタの口が開いた。
「私はレティシア以外を妻にする気は一切ない。貴殿の令息に譲る? 言語道断だ。これ以上の妻への侮辱、貴殿と言えど許しはしないぞ」
 静かに黒い魔力を放出しだすセシリアスタに、アイゼンは「残念だよ」と言葉を零した。
「話を戻す。貴殿らの令息と令嬢が追っていたカーバンクルについてだ」
「カーバンクル……ああ、私のものだが、それが逃げてしまってね。息子たちに探して貰っていたのさ」
 その言葉に、セシリアスタは畳みかけた。
「本来、カーバンクルは親と共に生活をする聖獣だ。あれはどう見てもまだ子ども……親はどうしたというんだ」
「見つけた時、親は側に居なかった。故に、私が保護をしたのだよ。納得したかね?」
「その割には令息達に威嚇していたが?」
 そうセシリアスタが告げると、アイゼンは笑った。
「あれは気性が荒くてね。そろそろ、こちらに返して欲しいのだがね」
「未だ傷が治っていない。そちらに返すのはまだ無理だ」
「そうか……治り次第、早急にこちらに返して貰えることを願っているよ」
 そこで、会話は終わった。すぐさま椅子から立ち上がり、セシリアスタはドアへと向かう。去り際、セシリアスタは言葉を発した。
「もし、再び妻に何かしたら、その時は容赦しない。それをお忘れなきよう」
「肝に命じておこう」
 微かに笑みを浮かべながら、アイゼンは「だが」と言葉を続ける。
「息子たちのことはどうすることも出来んよ。私は子に甘いんでね」
 その言葉を背に聞きながら、セシリアスタは部屋を出た。



「いいのか? あいつ、もっと何か隠してるぜ?」
 城門を過ぎ、馬車に乗り込んだ二人。エドワースの言葉は尤もだが、これ以上の詮索は向こうを焚き付けるだけだ。セシリアスタは「いい」と言った。
「カーバンクルが何処で捕まえられたか、それが知りたい。そうすれば親がどうなったのかもわかる筈だ」
「しらみ潰しにカーバンクルの生息地を探るしかねえか……」
「ああ。だが聖獣は調査隊の捜査で数が把握されている。トラスト領地の生息域を調査すれば、自ずとわかる筈だ」
 セシリアスタの言葉を受け、エドワースは早速、馬車の中から魔法便で王族管轄の調査隊に文を飛ばした。
「後は困った息子たちだよなあ……」
「ああ……」
 アイゼンの言葉を鵜呑みにするのは癪だが、確実にアイゼンは子ども達の行為には口出しをしないつもりらしい。年老いてから生まれた子どもであり、早くして妻を亡くしたとはいえ、甘やかし過ぎのようにも思える。
「兎に角、今後もレティシアのサロンは控えるべきだな」
「だな。そいや、お友達になった伯爵令嬢を家に招待するのはどうだ?」
「いい案だな、エド。早速、ジェーン伯爵のタウンハウスにも手紙を送ってくれ」
 セシリアスタの命に「了解」と笑顔で答えると、エドワースは再び手早く文をしたため魔法便で手紙を飛ばした。
 少しはレティシアの癒しになればいい――。そう、セシリアスタは思った。
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