魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される2

監禁1

 馬車に乗せられた後、レティシアはすぐさま行動に移した。膝の上で苦しそうに呼吸を繰り返すカーバンクルに、可能な限り治癒の魔法を施したのだ。何度も意識を失いかけるが、それでも何もしないよりはましだと、何度も何度も意識の続く限り治癒をかけた。
 治癒を掛ければ、多少は呼吸も楽になる。だが、それも極僅かだった。体を酷使しているのを承知で、肩を上下に忙しなく動かし呼吸しながら、レティシアはカーバンクルへと治癒を続けた。

「ぅ……」
 目を覚ますと、揺れる馬車の中だった。何時の間にか、気を失っていたらしい。
(私……。そうだわ、カーバンクルはっ)
 慌てて膝の上のカーバンクルへと視線を落とす。カーバンクルは自身が苦しんでいるのにも関わらず、レティシアの手を何度も舐めていた。その姿に、レティシアは涙が滲んだ。
「ごめんなさい……あなただってつらいのに、私の心配をさせてしまって」
「キュウゥ……」
 まるで気にするな、とでも言うような鳴き声に、レティシアは瞳から一粒涙が零れた。涙を拭い、カーバンクルを撫でるレティシア。早く、ユスターク邸に着いて欲しい。そう、何度も願った。





 レティシアを乗せた馬車がユスターク邸に着いたのは、それから数十分は経過していた。呼吸の早いカーバンクルを抱きかかえ、レティシアはディオスに連れられ屋敷の中へと入っていく。そのまま客間へと通されるのかと思ったが、応接室へと通された。

「皆さま、レティシア様をお連れいたしました」
「入りなさい」
 年老いた男性の声が聞こえ、扉が開かれる。そこには、ビビアナとヴィクター、そして、当主であるアイゼンが椅子に座り優雅にお茶を嗜んでいた。
「待っていたよ! 愛しいレティシア!」
 ヴィクターが椅子から立ち上がり、レティシアに近付こうとする。腕の中のカーバンクルが眉間に皺を寄せ険しい顔で威嚇し、ヴィクターを遠ざけようとする。レティシアはヴィクターの横をすり抜け、アイゼンへと歩み寄った。
「約束通り来ました。早くカーバンクルの呪いを解呪してください」
「おやおや、呪いをかけたの私ではないよ。私に言っても意味はないさ」
 そう言って、アイゼンはヴィクターの方に視線を向ける。振り返り、ヴィクターを見る。彼の手の中には、カーバンクルの毛の束があった。レティシアはヴィクターをキッと睨みつけた。
「約束では私が来れば、カーバンクルの呪いを解呪するとディオスさんは言いました。それは嘘だと言うのですか?」
「そんなに怖い顔を向けないでくれ。君は笑顔の方が似合う」
「そんなこと今はどうでもいいです! 早く、カーバンクルの呪いを解呪してください!」
 怒りを露わにするレティシアに、ヴィクターはやれやれと肩を落としながら呪文を唱えた。手に持っていた毛の束が呪詛の書かれた布ごと燃え、灰も残らず消えていく。急いで視線を落とし確認すると、カーバンクルは次第に呼吸が落ち着いてきた。
「良かった……」
 レティシアは見上げてきたカーバンクルに微笑んだ。「キュウ」と鳴くカーバンクルも、レティシアの手に頬を摺り寄せた。
「解呪してあげたんだから、その笑顔は僕に向けてくれよ」
 ホッとしたのも束の間、ヴィクターが目の前まで近付いてきて、レティシアの顎を掴んだ。そのまま顔を上げさせられ、無理矢理ヴィクターを視線を合させられる。
「離してっ!」
 手を払い、レティシアは一歩後ずさる。そんなレティシアの反応も良いのか、ヴィクターは顔を綻ばせた。
「後は若い者同士で仲良くしなさい。私は書斎に戻る」
「はあい」
 ビビアナに手を振られ、微笑みながら応接室を後にしたアイゼン。アイゼンがいなくなると、ビビアナが口を開いた。
「お前が兄さまの妻になれば、セシリアスタはあたしのものだ。早く兄さまのものになれよ。じゃないと、そいつのこと、もっと酷い目に合わせるぜ」
 レティシアはぎゅっとカーバンクルを抱く腕に力を籠めた。この子をこれ以上、好きにさせてたまるものか――。
「何度でも言います。私はセシル様以外の方の妻になる気は一切ありません」
 その言葉を吐き捨てると、ヴィクターは微笑み、突如レティシアの腕を掴みだした。
「何をするのっ、離して!」
 嫌がるレティシアをそのままに、ヴィクターはにこやかに笑顔を振りまきながら歩きだした。強い力で掴まれ、振り解けない――。レティシアが腕を引っ張っても、どうすることも出来なかった。
「君の部屋に案内するよ。そこで、君は今後をゆっくり考えるといい」
「嫌っ! 離してっ!」
 階段を登り、屋敷の奥の部屋へと連れて行かれる。ヴィクターの前を行くディオスが扉を開けると、ヴィクターは真っすぐその部屋へと入っていった。
「さあ! ここが新たな君の部屋さ!」
 連れてこられたのは、小さな窓が一つしかない部屋だった。可愛らしくピンク一色で彩られた部屋に、レティシアはゾッとした。
「ここでゆっくり、今後のことを考えるといい。きっと、僕の妻になりたいと思いだすさ」
「これは監禁です。犯罪ですよ」
「監禁ではないよ。ただ、この屋敷に不慣れな君にはこの部屋以外、安全な場所がないだけさ」
 にこやかに話すヴィクターに、これ以上話は通じないと考えたレティシアは、ふい、と視線を逸らした。そんなレティシアの態度も気にしないヴィクターは、部屋から出て行った。
「君が早く僕の妻になりたいという日を待っているよ」
 そう言い残し、ディオスとヴィクターは部屋から出て行った。残ったのはレティシアとカーバンクル、そして無言でついてきたビビアナだけだ。
「おい」
「なんです……きゃあ!」
 急に髪を勢いよく引っ張られ、床に倒れ込むレティシア。そんなレティシアの腕から下りたカーバンクルが、ビビアナに威嚇した。
「はっ、怖くねえんだよ。カーバンクルなんて。おい」
「い……っ」
 ぐい、と髪を持ち上げられ、顔を向けさせられる。痛みに歪む顔を見て、ビビアナは嬉しそうな顔を浮かべた。
「いいね、その顔! あんたが兄さまの妻になれば、セシリアスタはあたしのものだ! そしてあんたはあたしの玩具だ! あははははは!」
 一思いに笑った後、ふっと表情を変え、レティシアの眼前に顔を近づけた。
「だから早く別れろよ、不良品。あんたは兄さまの妻に相応しいんじゃない。あたしの玩具に相応しいんだ。不良品は不良品らしく、立場を弁えろ」
 言い切るや否や、パッと髪を掴んでいた手を離すビビアナ。反動で床に手を付くレティシアを見て、ビビアナは笑った。
「そうやって、地べたに這いつくばってるのがお似合いだよ。不良品ちゃん♪ あははははは!」
 笑いながら、ビビアナは部屋から出て行った。外から鍵をかけられる音がして、部屋の中はシン、と静まり返った。
「キュウウ……」
 慌てて駆け寄りレティシアを心配そうに見上げるカーバンクルに、レティシアは「大丈夫」と微笑んだ。
 久方ぶりに受けた暴力だが、この位なら慣れている。ゆっくりと立ち上がり、カーバンクルを抱きかかえた。小さな窓から外を見ると、もう空は夕焼けに染まりだしていた。
 セシル様、心配しているかしら――。レティシアの心の中は、セシリアスタのことでいっぱいだった。早く、此処から抜け出したい。でもカーバンクルのことを考えると、助けを待つしかない――。歯がゆい状態に、レティシアは唇を噛み締めた。


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