魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される2

想いを馳せる

 馬を駆け、少人数の精鋭部隊を引き連れセシリアスタ達はユスターク家に向かう。エンチャント魔法を使った方が断然早いのだが、それでは精鋭部隊を置いていってしまうことになる。今回はレティシアの救出が第一だが、表立ってはユスターク家の行ったカーバンクルの密猟と保護区内での聖獣の殺害疑惑、そして私欲での呪具作成の容疑での拘束だ。それ故、精鋭部隊と行動を共にしなくてはならない。

(レティシア、無事でいてくれ……)
 逸る気持ちを静めながら、セシリアスタは手綱を握り締める。もう五日も顔を見ることの出来ていない妻に想いを馳せながら、セシリアスタは先頭に立ちユスターク家に向け馬を走らせた。





「これは魔導公爵様。本日はどのようなご用件で?」
 城門の前で待ち構えていたのは、ディオスだった。セシリアスタは単刀直入に言葉を告げる。
「ユスターク家に三つの罪状が持ち上がった。故に一族全員を拘束する。門を開けろ」
「……承知いたしました」
 深々と頭を垂れ、ディオスは門を開けた。一斉に馬を駆け、屋敷に入る。
 バンッ! と大きな音を立てて屋敷の扉を開ける。すると物音に気付いたアイゼンが顔を出した。
「これはこれは。物騒ですな……いったいどのようなご用件で?」
「とぼけるな。カーバンクルの密猟、保護区内での聖獣殺害疑惑、そして私欲での呪具作成の容疑で貴様を拘束する」
 睨み付けるセシリアスタを見つめながら、アイゼンは「はて……」と素知らぬ顔を浮べる。
「私には全く身に覚えのないことでございます。カーバンクルは我が領地にて一匹でいた所を保護しただけ。密猟など、証拠でもあるのですか?」
 するとイザークがセシリアスタの横に来て、言葉を続けた。
「君の領地のカーバンクルの生息域に、魔力残滓が残っていたよ。君たちユスターク家に伝わる呪術を使用した痕跡がね」
「魔力残滓でそのようなことがわかる人間など、この世にはいませんよ? 殿下」
「それが出来る人間がいるんだよね」
 にっこりと笑うイザークに、アイゼンの顔色が少しだけ変わった。
「魔導公爵を名乗るだけあるよ、彼は。すぐさま見抜いたんだから」
「そ、そんなの、出まかせに決まっています」
「魔導公爵ともあろうものが、そんな失敗はしないよ。僕が保証する」
 深い笑みを湛えながら、イザークは言葉を続けた。アイゼンの表情から余裕が無くなっていく。
「君は王家に黙って呪具を作成した。その罪は重いよ。一族全員、罰を受けて貰う」
 イザークの言葉に、膝を付くアイゼン。後ろに控えていた精鋭部隊がアイゼンを拘束する。
 セシリアスタは、急いで階段を駆け上がり、叫んだ。
「レティシア! 何処だ!!」
 その時、微かに名を呼ぶ声が聞こえた。その方角に一目散に走り、最奥の部屋の扉を開けた。
 




「助けて、セシル様……っ!」
 レティシアは涙を滲ませながら、セシリアスタの名を叫んだ。
「叫んでも来る訳ないさ。さあ、僕に身を委ねて……」
「いやあ!!」
 ヴィクターの手が、レティシアの破かれた胸元に伸びていく。藻掻き抵抗しようとするが、引き剥がせない。
 怖い、怖い怖い怖い――! セシル様、助けて!! そう強く願った時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ビビアナ、部屋には来るなって……ぐはあっ!」
 ゆっくりと顔を上げ扉の方に振り向いたヴィクターの体が、勢いよく吹き飛んだ。ベッドから転がり落ち、壁にぶつかる。
「レティシアに、貴様如きが触れるな!」
 目の前で肩を上下させ、息を荒げながら拳を強く握りしめるセシリアスタの姿に、レティシアは目を瞬かせた。
 目の前に、助けて欲しいと願った人がいる。こんなに都合よく来てくれるなんて、夢なのかな――。
「レティシアッ、大丈夫か!?」
 上体を起こされ、乱れた髪もそのままにぎゅっと強く抱き締められる。抱き締められる力に、夢ではないと実感していく。
「セシル、様?」
「ああ、私だ。遅くなって済まなかった」
 更に強く抱き締められ、セシリアスタの焚く香の香りが鼻腔を擽った。夢じゃない。本当に、来てくれたんだ――。
「セシル様……っ」
 怖かった、辛かった、心細かった、そうした思いが一斉に湧き上がり、レティシアはセシリアスタの背にしがみ付いた。目尻に溜まっていた涙が溢れ、セシリアスタのロングコートを濡らしていく。嗚咽を我慢せず泣きじゃくるレティシアに、セシリアスタは離さないとばかりに強く抱きしめた。



「セシリアスタ!!」

 泣きじゃくるレティシアとセシリアスタの前に、ビビアナが現れた。その表情は輝かしいばかりの笑顔だったが、腕の中のレティシアを見るや否や、瞬時に眉間に皺が寄り歪んだ。
「その女が居なければ……」
 ぐっと足に力を籠め、エンチャントで一気に急接近してきた。
「あたしのものだったんだ!!」
 レティシア目掛けて跳躍するビビアナ。だが、寸前の所で地べたに叩き付けられた。
「がっ」
 セシリアアスタの横に、黒い小さな球が浮かび上がる。ビビアナは意地で顔を上げ、セシリアスタを見た。
「なんで、セシリアスタ……」
「女性に手を上げることはしたく無いが……レティシアを傷つけたものは別だ」
 見下ろすセシリアスタの目は、殺気が籠っていた。ビビアナは背筋が凍り付き、何も言えなくなる。

 エドワースが駆け付け、精鋭部隊と共にヴィクターとビビアナを拘束していく。セシリアスタの腕の中では、レティシアが泣きつかれて眠ってしまっていた。そっとベッドから起き、立ちあがる。すると気絶してしまっていたカールが意識を取り戻し、首を振っていた。
「お前も無事だったか……」
「キュウ」
 ぴょん、とこちらに駆け寄り、セシリアスタの脚をよじ登っていく。レティシアの胸元を隠すように座ると、「キュウ」と鳴いてセシリアスタを見上げた。
「お前も功労者だな。よく守ってくれた」
「キャウ!」
 嬉しそうに鳴くカールに、セシリアスタの顔が綻んだ。これで終わった。そう思いながら、セシリアスタは精鋭部隊達とイザークと共に、ユスターク家を後にした。抱き締めたレティシアを離さないよう、しっかりと抱き締めながら……。
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