魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される2

船旅

 船員が角笛を吹き、船が出向する。ゆっくりと動きだし、次第に風に乗り加速していった。一般的に、船には緑色の風属性の魔石が幾つも操舵室に完備され、風の流れが穏やかになってしまっても船員の魔法使いが魔石の力を借りて力を増幅させ、船の速度を安定させているらしい。
「魔石にはそういった使い方もあるんですね」
「ああ。一般的に魔石は力の増幅に使われる。魔糸として使うのは珍しいことでもあるんだ」
「そうだったんですね」
 魔糸の活用方法は一般的だと思っていたレティシアにしては、意外な言葉だった。
「君に人前で魔石の生成は極力行わないようにと言ったのも、それが理由さ」
「なるほど……」
 確かに、自分の作る魔石は白だ。白い魔石なんて、出回っていない。治癒しか出来ないとはいえ、古代魔法の使い手が作る魔石となれば、欲望にまみれた人間からすれば格好の餌食になる――。そういう意味だったのだろう。レティシアは膝に乗っているカールの頭を撫でながら小さく頷いた。
「カールに着けてある管理証明書にあたる魔石は私が作ってあるが、それも本来ならば出回っていない代物だ。くれぐれも気を付けるようにな」
「はい」
「キャウ!」
 元気に鳴くカールにレティシアもセシリアスタも微笑みながら、窓から外を眺める。もう一面が海だ。
「そういえば、船酔いは大丈夫か?」
「船酔い、ですか?」
「その調子ならば大丈夫そうだな」
 船酔いと言うものがよくわからないが、特に異常はない。セシリアスタに笑みを向けると、セシリアスタは椅子から立ち上がった。
「甲板に出てみるか?」
「いいのですか?」
「構わないさ。但し、私から離れないことが条件だ」
 手を差し伸べられ、おずおずとその手を取る。椅子から立ちあがる際、カールはレティシアの肩に飛び乗った。
「行こう」
「はい」
 帽子を用意した方が良いと言われ、外していた帽子を被り直す。船室の扉を開け、セシリアスタはエドワースに声を掛けた。その間にカイラとアティカにも声を掛けようと、レティシアは二人の部屋の扉をノックした。
「レティシアお嬢様。如何なさいましたか?」
「セシル様と甲板に行くの。二人もどうかしら?」
「私は彼女の介助をしていますので、どうぞセシリアスタ様とお二人で行って来てください」
 そう言いつつ、背後に視線をやるアティカ。アティカの背後を覗き込むと、項垂れるカイラの後ろ姿が見えた。
「カイラ、大丈夫?」
「ぅぷ……お嬢様、私のことはお構いなく……楽しんできてくださ……うぷっ」
 アティカはすぐさまカイラに歩み寄り、背中を擦った。普段から元気なカイラが体調不良を起こすのは珍しく、レティシアは不安げに二人を見つめた。
「レティシアお嬢様、ただの船酔いですのでご心配なく。さあ、どうぞ行って来てください」
「それが船酔いというものなのね……わかったわ。ありがとう、アティカ。カイラもお大事にね」
「は、はいぃ……うっぷ……」
 いそいそと部屋の扉を閉めると、セシリアスタが待っていてくれた。セシリアスタ一人という所を見るに、どうやらエドワースも遠慮したようだ。
「二人で行くか」
「はい」
 手を差し出され、そっと自身の手を重ねる。揺れる船内を歩き、別の昇降口から外に出る。すると、船に乗った時とは違い甲板へと出ることが出来た。青い空の下、雲一つない快晴と真っ青な海が広がっている。潮風も心地よく、あまりにも綺麗な光景にレティシアは溜息を溢した。
「綺麗……」
「気に入ったか?」
「はいっ、海ってこんなに綺麗だったんですね」
 真っ青な海と空を前に、自然と顔が綻んでしまう。そんなレティシアを見て、セシリアスタも嬉しそうに微笑んだ。


「……綺麗……」

「え?」
 すぐ側で、確かに声が聞こえた。声のする方へと振り返ると、セシリアスタのすぐ側に、小さな少女がいた。
「君はどこのレディだい?」
 セシリアスタがそう訊ねるが、少女はセシリアスタの顔を凝視していて話が聞こえていないようだった。
「君、聞いているかい?」
「……決めた」
 そう少女は言い出し、セシリアスタの腕を掴んだ。
「あなた、私の夫になりなさい!」
 少女の声は、甲板に響いた。突然のことに、レティシアもセシリアスタも目を瞬かせた。
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