魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される2

小さなレディと大きなレディ

 突然の少女の発言に、レティシアも言われた当のセシリアスタも目を瞬かせた。そんな二人を気にせず、少女は言葉を続ける。
「光栄に思いなさい! この私の夫になれるなんて、あなたは幸運よ!」
 そう高らかに告げる少女に、セシリアスタは溜息を吐いた。
「君……敢えて言うが、私は妻帯者だ。それに、君の要望に応える気はない」
「なっ!? この私の夫になれるという名誉を捨ててまで断るというの!?」
「そもそも私は君の要望に応える気はない」
 きっぱりと断るセシリアスタに、少女は目に涙を溜めながら頬を膨らませ睨んだ。といっても、全く怖くはないが。
「~~~~っ! もうっ、後悔しても知らないんだからね!!」
 捨て台詞を吐きながら、少女はレティシア達が利用していたのとは別の昇降口へと駆けて行った。
「何だったんでしょう……」
「さあな……ただ、もう会うことはないだろう」
「そうですね」
 そう話しながら、レティシアとセシリアスタは穏やかな潮風の吹く甲板に立ち、空と海を眺めた。風で帽子が飛ばされないように手で押さえながら見るこの景色は、一度も海を見たことのなかったレティシアにとって素晴らしい思い出になった。




 船室に戻る際、昇降口で一人の女性とぶつかった。
「すみません、大丈夫でしたか?」
「大丈夫じゃないに決まってるでしょ!? 何処見て歩いてるのよ!!」
 よろめいた女性に声をかけると、その女性はレティシアを怒鳴り散らした。ビクッと肩が跳ねる。
「レティシア、どうかしたか?」
 先に階段を下りていたセシリアスタが歩み寄り、声を掛けてきた。
「あ、その、ぶつかってしまって」
「そうか。妻が済まなかったな」
 そう言ったセシリアスタに、女性は頬を赤らめながら見つめた。何だろう、嫌な予感がする――。そう思ったレティシアの予想は当たり、女性はセシリアスタの腕に自身の腕を絡ませ密着してきた。
「ねえ、ぶつかった所が痛むの……部屋まで案内してくださる?」
 胸をセシリアスタの腕にわざとらしく押し付け、女性はちらりとレティシアに視線を向け鼻で笑った。何だろう、凄くもやもやする――。レティシアは表情を曇らせた。
「船内に医師は常駐している。痛むならばそこで診て貰った方が良い」
 そう言って、女性を引き剥がすセシリアスタ。女性は尚も抱き着こうとしたが、セシリアスタが手で制した。
「私は今、妻と新婚旅行の最中でね。邪魔をされたくないんだ。行こう」
「はい」
 肩を抱かれ、レティシアはセシリアスタと共に船室へと歩き出す。視線を感じ振り返ると、女性が嫉妬に駆られたような目でレティシアを睨み付けていた。



「全く、困ったものだ……」
 船室に戻り、ソファに腰を下ろす二人。セシリアスタはやれやれと肩を落とし、ソファの背もたれに体を預けた。
「セシル様は美しいですからね」
「……私は一人に好かれればそれでいい」
 隣に座り苦笑するレティシアの膝に頭を乗せると、小さく溜息を吐く。
「お慕いしていますよ、セシル様」
「君のその言葉だけで十分だ」
「ふふっ、ありがとうございます」
 穏やかな空気が流れる。セシリアスタの髪を梳きながら、レティシアは先程のもやもやが消えていくのがわかった。一体、さっきのは何だったのだろうか――。そう思うレティシアだったが、今はセシリアスタとの時間を満喫しよう。そう思ったのだった。
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