A Maze of Love 〜縺れた愛〜
 不法侵入のようで少し気がひけたけれど、渚はエントランスのドアを開け、郵便受けのある狭い通路に避難させてもらうことにした。

 そのマンションは古いタイプで、オートロックでなかったから助かった。

 どうしよう。
 これからオーディションなのに。

 渚は大学に通うかたわら、芸能事務所に所属し、モデルやタレントの仕事をしていた。

 とはいえ、大きなオーディションに受かったことは一度もないので、世間的にはまったく無名だったけれど。

 雨の勢いはさらに強くなっている。
 向かいのビルの庇に当たる雨が激しく飛沫をあげている。

 スマホを取り出し、時間を確認する。
 一度、家に帰ってからでは間に合わない。
 渚は絶望的な気分になった。

 1時間以上かけたメイクは雨でぐしゃぐしゃ、アイロンで巻いたカールは無残にも跡形もなく伸びきっている。
 さらに最悪なことに、今、着ている服は、白いフリルつきのブラウスとジーパン。

 こんなに濡れてしまっては、たぶん、上半身、思いっきり透けてるはずだ。
 たとえ雨が小降りになっても、このままじゃ、とても電車に乗れない。

 とにかく事務所に連絡しなきゃ。
 そう思って、スマホを取り出したとき、ドアが閉まる音がして、足音がこっちに向かってきた。
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