A Maze of Love 〜縺れた愛〜
 どうしよう。
 こんなひどい格好を人に見られたら恥ずかしい。
 無視して、通り過ぎてくれますように。

 渚は腕を胸の前で組み、目が合わないように下を向いていた。

 でもその人は立ち去ったりしなかった。
 渚の前に立ち、すこしためらいがちに声をかけてきた。

「あの、大丈夫?」
「どうぞおかまいなく」と言おうとして、声の主に目を向けた。

 えっ。
 どうしよう。
 ものすごくカッコいいんだけど、この人。

 文字通り、一瞬で心を奪われてしまった。

 ずぶぬれで困り果てているという自分の置かれた状況をすっかり忘れて、見とれてしまうほど魅力的な外見の持ち主だった。

 ごくたまに、ちょい役で映画やドラマに出演するとき、イケメンの俳優と共演することがあるけれど、目の前の人は彼らに充分、匹敵する。

 そして彼のほうも、渚を見て、一瞬、息をのんだ。

 二人は思わず見つめ合った。

 その間、時間にしたら、ほんの一瞬。
 でも、渚にとって、それはその後の人生を大きく変える一瞬だった。

「駅に向かっていたら、急にひどい降りになってしまって」
 渚がそう言うと、その男の人は夢から覚めたような顔をして、それから言った。

「ちょっと待ってて」
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