A Maze of Love 〜縺れた愛〜
 少しして、バスタオルを手に戻ってきて、渚に手渡しながら言った。

「時間がないからもう行くけど。使い終わったらドアのところにかけておいて。103号室だから」
「あ、ありがとうございます。助かります」
 
 頭を下げる渚に向かって、彼は柔らかな微笑みを返し、表に出ていった。
 タオルは清潔な石鹸の香りがした。

 夢見るような心地で、渚は去ってゆくその広い背中を眺めていた。
 
 それから事務所に連絡して事情を説明し、オーディションはそのとき、事務所にいた別の子に譲ることにした。

 惜しむ気持ちはまるでなくなっていた。
 心を占めていたのは、タオルを貸してくれた彼のことだけだった。
 
 渚は103号室の前に行き、タオルの代わりに新聞受けにメモを挟んだ。


  今日は本当にありがとうございました。
  タオルは後日、洗濯してお返しします。


 そこに連絡先も記した。
 見つめ合ったとき、彼も渚に興味を持っていたのは確かだったから、絶対連絡がある。
 渚には確信があった。

 そして翌々日。
 思ったとおり、彼から連絡があった。

 「よければ明日の午後、タオルを持ってきてください」と。
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