ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「スミス男爵令息」スコットは余裕の笑みを浮かべて「僕はスコット・ジェンナー。公爵家の者だ。彼女は僕の婚約者なんだ。節度ある付き合いを頼むよ」
「……えぇ、心得ております。ジェンナー公爵令息様」と、ユリウスは皮肉の帯びた笑みで返した。
刹那、二人の視線が交差する。
その間には敵意が内包されてあって、バチバチと電撃が弾けているみたいだった。
ややあって、
「クロエ、もう帰るのかい? 送るよ」
スコットはずいと婚約者の前へやって来て、ぎゅっと手を握る。そして威嚇するようにユリウスを見た。
二人の間の空気は、緊迫したままだった。
クロエはやれやれと内心ため息をつきつつも、婚約者の手を取った。勝ち誇るスコットに、冷めた笑顔のユリウス。コートニーはスコットを取られてご立腹だ。
「ご機嫌よう、ユ――スミス男爵令息様」
「失礼します、クロエ様。次回の治療院訪問でお会いしましょう」
「行くよ、クロエ」
スコットは挨拶もそこそこにクロエを引っ張るように馬車へと連れて行った。歩数を重ねる度に、腹立たしさが身体の奥から込み上げてくる。
気に食わない。
彼から見て、あの男爵令息は確実にクロエに熱を上げているように思えた。あの目……まるで愛情をこねくり回してぎゅっと凝縮したみたいな濃さだった。
クロエも、随分親しそうに会話をしていた。その距離は、自分より近くて……。
最近、彼はよく夢を見る。
夢の中のクロエは、とってもやせ細っていて、いつも絶望に覆われたような悲愴な顔をしていた。
そんな彼女を抱きしめようとしても、離れていく。そして最後は、ゴーストのように消えていくのだ。――そんな、悪夢を。
そんな悲しいこと、絶対にさせないと思った。
彼女は必ず自分が幸せにしてみせる。彼女の笑顔を守れるのは自分だけだ。
……そう、誓ったのだ。