幸せでいるための秘密
 以降、不穏な気配もなくケーキバイキングは終わり、美咲と達也くんは家具を見ると言ってショッピングモールへ向かっていった。

「中原はどうする?」

「帰るよ。やらなきゃならない仕事あるし」

「そうか。椎名がようやく用事を終えて、今からこちらへ来ると言っているから、よければ一緒にどうかと思ったんだが」

「どこか行くの?」

「ああ、ラーメン屋に行きたいらしい」

「あれだけケーキ食べた後で、よくまたラーメンなんて食べられるね」

「甘いものを食べた後はしょっぱいものが食べたくなるものだ。まあ俺はあまりラーメンは得意じゃないんだが」

「チャーシューの脂身、苦手だもんね」

 何気ない会話のつもりだったけど、波留くんは口元を緩ませる。

「よく覚えているじゃないか」

「……何度かそういう話、したでしょ」

「そうだな。俺も覚えているよ、中原は料理が苦手だ。作るのも面倒だが洗うのはもっと面倒くさい、結婚するなら家事が得意な人がいい、だったか」

 私は内心頭を抱える。確かに大学の頃、ふざけてそんなことを言った覚えはある。でも、どうしてまあ自分でも薄ぼんやりとしか思い出せないようなことを、この人はきちんと覚えているのだろうか。

 理由を訊ねてみたい気はしたけど、彼の口からそれを言わせるのは少し怖い。結局私はわざとらしく、明るく笑ってみせた。

「よし、それじゃあ今から結婚相談所に良い人探しに行こうかな!」

 それじゃあまた!と大きく手を振り、駅に向かって歩き出す。

 さすがに予想外の返事だったらしい。波留くんは少し言葉を失っていたようだけど、すぐに我に返ったらしく、後ろから呼び止める声が追ってくる。

「待て、中原」

「待たないよ。また変なこと言うんでしょ」

「変じゃない。一言だけだ」

 腕を捕らえられる。引き寄せられる身体。ああ、またこれだ。

 仕方なしに振り返った私は、彼の目を見上げてからすぐに後悔した。

 はっきりと見開かれた切れ長の瞳。

 冷たいとも言えるほどの獣のような眼光が、端にいくばくかの熱をにじませて私を射抜いている。抑えきれない感情を外側から直接ねじ込んでくる強引さ。外れかけた冷静さの仮面の奥に色めく情熱は、あの頃と少しも変わらない。

「何かあったらいつでも呼べ」

 彼の手が手首から指先へ、辿るように動いていく。

「待っている」

 そして、離れた。

 思わず縋ってしまいたくなるほどの温かさだった。
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