幸せでいるための秘密
第二章 唯一の選択肢
 ――百合香、本当に幸せなの?


 美咲の言葉が頭から離れない。あの純粋無垢な、なんの駆け引きも下心もない台詞が、声音が、今日も頭で反響する。

(幸せってなんだ)

 きっと幸せ。そうに決まっていると思ったから、恋人のワンルームのアパートに飛び込んだのではなかったか。

(なんなんだ)

 カップ麺の容器や汚れた皿がつっこまれたシンクで今日も今日とて洗い物をする。

 料理は嫌いだ。中でも後かたづけが一番嫌いだ。

 それは今でも変わっていないはずなのに、こうもきちんと働いてしまうのは、このまま放置したらどんな惨劇が待ち受けているかよく理解しているからだ。洗わなければなくならない。洗えばなくなる。だったら洗うしかない、それだけのこと。

 そして何年もの時を一緒に過ごしてきたはずの恋人は、ソファに寝転がってスマホをいじっている。テレビはただのBGMらしく、音量を下げてほしいと何度か頼んだが無視され続けてきた。

 何気なく、コップにお茶を入れて差し出してみる。

 視線をくれただけで返事はない。

(ぞんざいだなあ)

 わかってはいたことだが、胸のあたりがむかむかしてくる。

「あのさ、お礼とかなんか、ないの」

「くれって言った訳じゃないし」

「そうだけどさ……なんか、こう……」

 おもむろに起きあがった彰良は、心底うっとうしそうな目で私を睨んだ。

「なんか言いたいことあんの?」

「どういう意味?」

「こないだから、ずっとこんなんじゃん。メシとか洗濯とか、何かする度にしつこく話しかけてきてさ。今までこんなことなかったのに」

「何かって……会話くらいするでしょ、普通」

「恩着せがましい感じが、嫌」

 何かの切れる音が、はっきりと聞こえた。
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