幸せでいるための秘密
第三章 確かな熱
 長い長い私の話を聞き終え、美咲はこれでもかというほど大きなため息を吐いた。

 沈黙が痛い。おしゃべりな美咲が、腕を組み、目を瞑り、黙っている。それがたまらなく怖い。

「いくつか質問させて」

 毎日のように上司になじられた新卒時代を思い出しつつ、私はおとなしく頷いた。

「一線は超えたの?」

「超えてない」

「キスは?」

「してない」

「結局住むの?」

「新しい家が見つかるまでだけお世話になります」

「家賃どうするの?」

「光熱水費と合わせた額を日割りで折半させてくれって頼んだ」

「わかった。じゃあ最後に」

 ドン。美咲の肘がオレンジジュースの水面を揺らす。

「百合香は波留とよりを戻す気はあるの?」

 ぐ、と喉から変な音が漏れる。脳裏に蘇るあの告白。波留くんは結局、私に答えを求めないまま、何食わぬ顔で一週間も私を部屋に住まわせてくれた。

 ――好きな女に頼られて嫌がる男などいないさ。

 私が彼と付き合っていたのは、大学時代の一年だけ。もう七年も前の話で、しかも私から別れを告げた。

 それなのに私を好きな女と呼ぶ彼は、私のどこに好意を持ったというのだろう。それに、いつから? ケーキバイキングから? 結婚式から? それともまさか、別れたときから?

「……わからない」

 だからといって、じゃあ付き合おうとあっさり言えるほど私もライトな人間じゃない。

 別れ方こそ最悪だったけど、私と彰良は四年も恋人同士だったのだ。確かに最近こそ嫌な記憶が目立つものの、楽しい思い出もたくさんあるし、ふとした折に彰良を思い出して胸が苦しくなることもある。

「今は正直、そういうこと何も考えられないんだ。ずっとこのままじゃいけないとは思うんだけど……」

「まあ、そうだよね。一応別れたばかりだもんね」

「あのさ、こんなこと聞かれて困るかもしれないけど」

「なに?」

「美咲だったら、波留くんと付き合う?」
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