幸せでいるための秘密


「あの、波留くん。私も料理手伝うよ」

「いや、中原は休んでいてくれ。もうほとんど終わっている」

「じゃあせめて洗い物を」

「食洗機に突っ込むだけだから、わざわざやってもらうことはないよ」

 そんな感じで笑顔の波留くんに追い返されてしまった私は、たくさんのタッパーに詰められた料理を背にマイルームへと戻ってきた。

 そう、波留くんは私をキッチンに立たせない。包丁は危険だとか、水に触ると手が荒れるとか、あれこれと細かい理由をつけていつも私をリビングへ追いやる。そして自分は貴重な土日に、こうして大量の作り置きを一人でせっせと作っている。

 このタッパーは全部、平日の私たち二人の夕食になるのだから、本当は私にも手伝わせてほしいのだけど。

(これ以上波留くんに借りを作り続けるわけにはいかない。早く新しい家を見つけて、引っ越さないと)

 美咲の言葉を思い出す。付き合う気がないなら、危機感持って生活した方がいいよ。それはまったくそのとおりで、告白の返事を保留したままダラダラここに居座るなんて、波留くんにも失礼な話だ。



 じゃあ、付き合っちゃえばいいじゃない?



 心で囁く甘い声を、私は即座に悪魔と断じた。聞こえないふりをしてパソコンを開き、不動産情報の検索を始める。

 ”じゃあ”ってなんだ。”じゃあ”って。

 自分が相手を本当に好きかもわからないのに、生活のためにお付き合いするなんて私には無理。

 それに、波留くんは誰がどう見ても魅力的なハイスぺ男子だ。今でこそ私を好きだと言ってくれているけど、もっと素敵な女性が現れたら心変わりする可能性もある。

(『他に好きな人ができたから出て行ってくれ』とか言われたら、きっと私は泣くだろうな)

 だったらもう、そんなことを言われる前にこちらから離れるしかないわけだ。

 情報サイトには多くの物件が並んでいて、目ぼしいものに片っ端からお気に入りマークをつけていく。駅までの距離や周辺環境、家賃その他諸々を換算しても、正直なところやっぱり一番条件がいいのは波留くんの家だ。

 甘えそうになる心を叱咤して、不動産会社に電話してみる。出てきたのは若い社員さんで、あっという間に物件の見学まで取り付けることができた。

(これでいいんだよね、きっと)

 心に残る一抹の迷いを振り払い、天井に向かってうんと伸びをした時だった。
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