幸せでいるための秘密
『俺さ、あの喧嘩の後、昔の友達と飲みに行ったんだよ。そこでお前の話をするうちに気づいたんだ。俺たちって四年も付き合ってたんだなぁってさ』

「…………」

『付き合いが長くなれば、そりゃ喧嘩のひとつふたつするだろって、友達に笑われて。こういうときは男が折れるもんだって言われたから、わざわざお前に謝りに来たんだよ』

「…………」

『お前が洋服入れてた場所、まだちゃんと空けてあるから。もう一か月以上経ったし、お前も頭が冷えたんじゃない?』

「…………」

『なあ、なんか言えよ。……ここ波留樹の家だろ? 俺あいつに会いたくないんだよ。戻ってくる前に、さっさと帰ろう』

 話が通じる気がしない。

 いや、それ以前に、同じ言葉をしゃべっている気すらしない。

 彰良は何を言っているのだろう。あれがただの些細な喧嘩で、時間が経てば仲直りできると思い込んでいるのだろうか。

 私に言わせればあの日の喧嘩は、長年の蓄積の崩壊だった。あの日のストレスだけじゃない、四年間ずっと抑え込んできた怒りや苦しみや悔しさが、とうとう堪えきれなくなって爆発した瞬間だったのだ。

 それを、喧嘩のひとつふたつって……お前も頭が冷えただろうって……。

「もう来ないで」

 強気に言い捨てたつもりだったけど、出てきた声はやっぱり惨めに震えていた。

「私たちは別れたの。こんなところまで追いかけてこられて、本当に迷惑してる」

『……でもそれは、お前が』

「お願いだからもう来ないで。つきまとったりするのもやめて」

『……波留に何か言われたんだろ?』

「違う。全部私の意思」

 話をしている間ずっと、モニターは指で塞がれたまま。ただ、彰良が唸ったり、ため息をついたりするたびに、少しだけ画面のざらつきが揺れる。

 私は両手をきつく握りしめ、何も映っていない画面を睨みつけた。喉がカラカラに乾いている。血を吐いてしまいそうなほど。

 長い長い沈黙のあと、彰良は絞り出すような、追いすがるような声で言った。

『コンビニ弁当飽きたんだよ……』

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