幸せでいるための秘密



 さて。

 彰良につきまとわれていたこの一か月、私だってただ泣いて逃げ惑っていたわけではない。

 波留くんに付き添ってもらって、最寄りの警察署へ相談に行った。最初に話を聞いてくれた女性警察官の方は、里野彰良の名前を出すとさすがに戸惑っていたようだけど、それでも仕事として真剣に記録をとってくれた。

 防犯のための細かいアドバイスを貰い、また後で連絡すると言われて、もう何日経っただろう。いい加減忘れかけてきた頃、見知らぬ番号からスマホに着信があったのだ。

 そのとき私は珍しく残業を終えた帰りで、すっかり日の暮れた夜の道を一人で歩いていた。すでに午後七時を過ぎている。折り返し電話を掛けたところで、警察署はもう開いていないかと思ったけど、私に電話をくれた警察官は運良く署内にいたらしい。十秒程度の保留音の後、少し億劫そうな声が聞こえてきた。

『里野本人に聞き取り調査をしたところ、そのような事実はないということになりました』

 ……この言葉を聞いたときの私の絶望といったらもう。

 理由を尋ねても本人が否定したの一点張り。提出したインターホンの録画画像も、指でカメラを押さえたものでは証拠にならないと言われれば、言い返すこともできはしない。

『ちょっと自意識過剰なんじゃないですかね』

 小馬鹿にするように鼻で笑われ、私はもう怒りを通り越して脱力してしまっていた。

 いつもと同じ荷物だけの鞄が数倍重く感じる。『まだ何かありますか』と言われ、言いたいことは山ほどあったけど「もういいです」とだけ告げて電話を切ってやった。

(だめだったかぁ……)

 彰良自身が警察官である以上、薄々予想はついていた。警察はきっと私の主張より彰良の言葉を信じるだろうと。

 言葉での警告や着信拒否、できることは全部してきたつもりだ。それでもだめだから警察を頼ったというのに、ここで断られたら後はどうすればいいのだろう。

(……こうなったらもう、波留くんに迷惑をかけないために、仕事を辞めて実家に帰った方がいいのかも)

 分厚い雲の合間に覗く大きな月を見上げながら、ふぅと小さくため息を吐いたとき、

「おい」
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