幸せでいるための秘密
*
翌日、定時で仕事を終えた私は、机の上を掃除しながら重たい気持ちと戦っていた。
一秒でも早く波留くんの家に帰りたい。でも、会社を出たらまた彰良が追いかけてくるかもしれない。
だからといってだらだら残るわけにもいかず、むしろ暗くなればなるほど危ない目に遭う可能性だって跳ね上がる。
波留くんだってスーパーヒーローというわけじゃないんだもの。いつもいつも私のピンチに駆けつけてくれるとは限らない。
(だめだ。気合を入れて、ひとまず帰ろう)
大きく深呼吸をして鞄を肩にかけたとき、一足先に退勤していたおじいちゃん社長がオフィスへ戻ってきた。忘れ物かなと思ったけど、社長はひょこひょこと私のデスクへ近づくと、
「百合香ちゃん、あれ見て」
と、窓の外を指さしてみせる。
「なんですか?」
「あの赤い車。ずぅっとあそこで待ってるから、どうしたんですかーって聞いてみたんだよ。そしたらね『中原百合香さんを待ってるんです』って」
ん、んんん?
慌てて窓から身を乗り出すけど、あんないかにも高級そうな車、見覚えがないし心当たりもない。
そうこうしている間に、噂を聞きつけた他の社員たちがわらわらと窓辺へ集まってきた。「えっなに、百合香ちゃんの彼氏?」とか「若い子っていいねー!」とか、言いたい放題にぎやかに囃し立ててくる。
「いや、でも、私ほんとうに知らない車で……」
あまりにも人が集まりすぎたのだろう。件の車も騒ぎに気が付いたらしく、運転席側の窓ガラスがゆっくり下へ降り始めた。
そして、そこから顔を覗かせたのは――
「し、椎名くん!?」
「驚いたでしょ、中原」
ふんわりパーマの柔らかな茶髪、女の子みたいな優しい顔立ち。でも、私の知る彼は非常に男らしい、頼りがいのある弓道部部長だ。
椎名玲一。
顔を合わせるのは美咲の結婚式以来だろうか。私にとっても思い出深い男友達は、助手席に座った私にペットボトルを差し出しながら微笑んでいる。
「だいたいの事情は波留から聞いたよ。里野のせいでずいぶん苦労したみたいだね……ああ、勝手に色々聞いてごめん。怒ってる?」
「いや、怒ってないよ。私だって機会があれば、たぶん椎名くんに相談していただろうし」
椎名くんの信頼できる人柄は、私もよく覚えている。彼なら彰良のこともそれなりに知っているから、相談相手としてはうってつけと言えるだろう。
翌日、定時で仕事を終えた私は、机の上を掃除しながら重たい気持ちと戦っていた。
一秒でも早く波留くんの家に帰りたい。でも、会社を出たらまた彰良が追いかけてくるかもしれない。
だからといってだらだら残るわけにもいかず、むしろ暗くなればなるほど危ない目に遭う可能性だって跳ね上がる。
波留くんだってスーパーヒーローというわけじゃないんだもの。いつもいつも私のピンチに駆けつけてくれるとは限らない。
(だめだ。気合を入れて、ひとまず帰ろう)
大きく深呼吸をして鞄を肩にかけたとき、一足先に退勤していたおじいちゃん社長がオフィスへ戻ってきた。忘れ物かなと思ったけど、社長はひょこひょこと私のデスクへ近づくと、
「百合香ちゃん、あれ見て」
と、窓の外を指さしてみせる。
「なんですか?」
「あの赤い車。ずぅっとあそこで待ってるから、どうしたんですかーって聞いてみたんだよ。そしたらね『中原百合香さんを待ってるんです』って」
ん、んんん?
慌てて窓から身を乗り出すけど、あんないかにも高級そうな車、見覚えがないし心当たりもない。
そうこうしている間に、噂を聞きつけた他の社員たちがわらわらと窓辺へ集まってきた。「えっなに、百合香ちゃんの彼氏?」とか「若い子っていいねー!」とか、言いたい放題にぎやかに囃し立ててくる。
「いや、でも、私ほんとうに知らない車で……」
あまりにも人が集まりすぎたのだろう。件の車も騒ぎに気が付いたらしく、運転席側の窓ガラスがゆっくり下へ降り始めた。
そして、そこから顔を覗かせたのは――
「し、椎名くん!?」
「驚いたでしょ、中原」
ふんわりパーマの柔らかな茶髪、女の子みたいな優しい顔立ち。でも、私の知る彼は非常に男らしい、頼りがいのある弓道部部長だ。
椎名玲一。
顔を合わせるのは美咲の結婚式以来だろうか。私にとっても思い出深い男友達は、助手席に座った私にペットボトルを差し出しながら微笑んでいる。
「だいたいの事情は波留から聞いたよ。里野のせいでずいぶん苦労したみたいだね……ああ、勝手に色々聞いてごめん。怒ってる?」
「いや、怒ってないよ。私だって機会があれば、たぶん椎名くんに相談していただろうし」
椎名くんの信頼できる人柄は、私もよく覚えている。彼なら彰良のこともそれなりに知っているから、相談相手としてはうってつけと言えるだろう。