幸せでいるための秘密
第六章 昔日の思い出
 リビングの半分、以前はどうやら畳の部屋だったらしいエリアに、分厚いマットレスが二枚ぴったりと横並びに敷かれている。

 そして立ちすくむ私たち。二枚のマットレスに対し、人間三人。男、男、女。

「中原、真ん中で寝る?」

「却下だ」

 私が口を開くより早く波留くんが真ん中に寝転んだ。二枚のマットレスのちょうど境目の位置に背中が来ていて、少し寝づらそうに見える。

「えー、なんで波留が?」

「椎名は信用できない」

「人の家まで押しかけてきてそんなこと言う?」

「言う」

「……中原、こいつなんとかしてよ」

 ええっと、なんとかしてよと言われても。

 私は横たわる波留くんの頭の方へ回り込み、そっと顔を覗き込んでみた。波留くんは少しだけ顔を持ち上げ、それから私の襟元を指でトントンする。

「ボタン」

「え?」

「一番上まで閉じてくれ」

 見ると、前かがみになったせいだろう、開きっぱなしのパジャマの襟元からナイトブラの紺色のレースが少しだけ見えていた。慌ててボタンを留めた私を見て、椎名くんが軽く肩をすくめる。

「そんなに露骨に警戒されると、俺もちょっと傷つくんですけど」

「あっ、私そんな、椎名くんを警戒してるわけじゃ」

「中原じゃなくて波留だよ。なに? もしかして俺が中原に手を出すと思ってるの?」

「思ってる」

 いやいやいやいやそれはない。

 波留くんとは違うベクトルだけど、椎名くんだって見た目も性格も相当高レベルなハイスぺ男子。お金だってたくさん持っているタワマン暮らしの元社長さんが、わざわざ私みたいなのに手を出すはずがないだろうに。

 慌てる私を完全に無視して、波留くんと椎名くんはじっとりした眼で睨みあっている。この二人、こんなに仲悪かったっけ? いや、むしろこれは仲良しなのか?

「だったらお二人さん、ここで一枚のマットレスで寝ますかぁ? それなら俺は一枚だけ持って自分の部屋に戻るけど?」

 波留くんの横に屈んだ椎名くんが、横たわる波留くんの身体を両手で奥へと転がした。ごろんと転がった波留くんの顔が、ちょうど私の目の前に来る。なんとなしに見つめあう目と目。同時に赤面、どちらともなく目を逸らす。

「……あーもうっ、勝手にしろっ!」

「ち、ちがっ、椎名くん! 三人で! 三人で寝よう! 川の字で!」

「波留が真ん中なら『川』じゃなくて『小』の字だよ!」

 身長170cmちょいの椎名くんは、心の底から悔しそうに枕をマットレスへ叩きつけた。
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