幸せでいるための秘密
 結局この日は、椎名くん、波留くん、私の順番で、三人並んで寝ることになった。

 お酒がだいぶ入っていた椎名くんは、さんざん文句を言いながら一番最後に布団に入り、今では誰よりも早く穏やかな寝息を立てている。

 私はできるだけ壁際に寄り、どうにも冴えて落ち着かない頭で必死にひつじを数えていた。目の前には波留くんの背中。大きな身体を小さく縮めて、見るからに窮屈そうに寝そべっている。

「……波留くん?」

 ほんの小さく声をかけると、波留くんはゆっくりと私の方へ向き直った。いつもどおりの綺麗な顔は、髪の流れる向きが違うだけで、少しあだっぽく、妖艶に見える。

「どうした」

「真ん中、狭くない?」

「平気だよ」

「でも、マットの端がでこぼこしてるよ。背中、痛いんじゃない?」

 薄いシーツを敷いた程度では、マットレスの縁のでっぱりまでは隠せない。きっと寝心地が悪いはずだ。

 困ったように笑う波留くんに、私は小さく深呼吸をすると、できるだけ自然な調子を作って言った。

「こっち……来る?」

 波留くんはたぶん、言葉の意味をすぐには理解できなかったのだろう。きょとんと丸くなった瞳が、意図を理解すると同時にじわじわと形を変える。結んだ唇が一瞬開き、でもなんの言葉も言わないまま噛みしめるように口を噤む。

 胸のあたりへ伏せられていた視線が、伺うように、確かめるように、私のもとへと戻ってくる。もう一度目が合うのを待って、私はこくりとうなずいた。

 波留くんは私をじっと見つめたまま、マットレスに肘をついて上体をわずかに持ち上げた。大きな身体がにじり寄ってくる。1センチ、2センチと距離が縮まっていくにつれ、視界を覆う影の大きさと、自分のものではない、でも決して嫌ではない男性のにおいが、どんどん色濃くなっていくのがわかる。

 なんだか、くらくらする。

「中原」

 無意識のうちに身体を丸めていた私の頭上から、かすれた声が降り注ぐ。

「眠れるか?」

「わ……かんない」

 低い声が頭の中で反響する。まるで、くちびるで耳をふさがれてしまっているみたい。

 ふ、と小さく笑ってから、波留くんは囁くように言った。

「俺は、眠れそうにない」

 身体の奥がジンと熱くなる。

 おそるおそる顔を上げると、想定よりもずっと近い位置に波留くんの顔があった。ほんの少しでも身じろぎしたら、鼻先が触れてしまうほどの距離。互いの吐息が混ざり合い、溶け合ってしまいそうな距離。

 心臓の音がいつもの何倍も大きく聞こえる。これは私の鼓動? それとも波留くんの? 肌はどこも触れ合っていないのに、彼の胸の動きが、血潮の流れが、胸の中でうずく情動の熱が、手に取るように感じられる。どくん。どくん。

 どくん。
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