幸せでいるための秘密
 連絡をくれたのが親友の美咲でなかったら、あるいは断っていたかもしれない。

 波留くんから話があったと思うけど、という出だしで始まったその内容は、元弓道部のみんなでケーキバイキングに行こうという無邪気なお誘いだった。本気で行くとは思っていなかったので少し驚いたけど、別に断るような理由もない。

 日本初出店の有名ケーキ店ということもあり、ケーキそのものには心惹かれた。でも、引っかかることがひとつだけある。

 波留くんだ。

(やっぱり来るよね、きっと)

 なんとなく訊ねることができなかったけど、言い出した張本人が来ないなんてことはないだろう。引き留められた腕。近づく唇。真っ赤になった自分を思い出すと顔を合わせるのが気まずくなってくるけど、私たちはもう別れて以来七年近い月日が流れている。

(気にすることなんてなにもない。きっと、なにも)

 はたして待ち合わせ場所に到着してみれば、そこには狙い澄ましたかのように波留くんがひとりで佇んでいた。思わず足を止めた私を見て、形の良い唇がふ、と笑う。

「早いな。五分前か」

「波留くんこそ」

 何事もなかったかのように接してくるのはせめてもの救いだった。酔いの上での戯れだったと思えるのなら、それに越したことはない。

「本当に行くことになるとは思わなかったよ」

「俺もだ」

「波留くんが言い出したんじゃないの?」

「いや、橋本(美咲の旧姓)だ。あのあと連絡が来て『披露宴じゃあんまり喋れなかったから、時間とって皆で会おう』と」

「ああ、それで」

 会話が途切れる。

 沈黙は怖いけど良い話題もない。雑踏の中で友人を探すふりをしていると、背中までのロングヘアーを肩で結んだ美咲の顔が、人波の中からぴょんと跳ねるように近づいてきた。
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