婚約とは安寧では無いと気付いた令嬢は、森の奥で幸せを見つける
「お久しゅうございます、ラーテン様」
「き、貴様ッ! サラタッ!! なぜここにいるッ!」
「御元気なようで何より。最早この世から去るのを待つばかりの貴方様に、せめてものご挨拶にと馳せ参じました」

 スカートの裾を掴み、お辞儀を一つ。
 その仕草一つ一つが、この男には苛立ちを増幅させるだけに過ぎない。
 現に、今にも血管が切れそうな程、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけている。
 その身を闇に溶かしながら。
 
「貴様、自分が何をしているのか分かっているのかっ!? このような事をして!! 貴様を捨てたこの俺がそれ程憎いかッ!!!」
「いいえ、憎しみなどで魔女は動きませぬ。ただ均等に、失いには失いを。その身で清算して頂くだけの話ですので」
「サラタ! 貴様は、俺の……ッ!!」
「もう口も利けませんね。では、これで……」

 顔を覆われ、最後に残った口も覆われ、彼の御方が何を言いたかったのか(つゆ)と知る事が出来なくなった。
 最後に残ったモヤへと、手向けの言葉を送る。



「おさらばでございます」



 そうして黒いモノはこの世から完全に姿を消し、ただ静寂のみが耳を騒がせてくれる。

 それからもう一つ、行かなければならない場所がある。
 闇がそれを教えてくれた。
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